アメリカ東海岸と正統流儀への憧れ。
「ミドリヤ」在籍からわずか3年後、八木沢さんはオーナーからのアドバイスにより、それまでの西海岸ではなく、東海岸への買い付けに漕ぎ着けたという。
「当時〈ラルフ ローレン〉はすでに西武百貨店が扱っていたため仕入れられませんでしたが、〈トラファルガー〉や〈グルカ〉などの取り扱いが決まり、僕の図々しい進言からオーナーも『キャシディ』では独自のセレクトを展開すると決断し、80年から2000年までの20年間は毎シーズン、ニューヨークに直接買い付けへ行くことを勧めてくれました」
お話からもトラッドやアイビー、プレッピーといったホワイトアメリカンの流儀や様式に紐づくスタイルへと早くから傾倒していたことがうかがえるが、その端緒は幼少時代に観ていたテレビドラマだったという。
「僕が小さな頃、『ペイトンプレイス物語』という海外ドラマの吹替版が放送されていました。出演者やストーリーは全く覚えていないのですが、劇中で描かれる彼らのライフスタイルに憧れましたし、同じくドラマ『名犬ラッシー』シリーズでもライフスタイルや着ているものばかり見ていたのを覚えています。
とはいえ、より本格的にファッションを意識し始めたのは、学生時代、音楽好きだった兄が買ってきたP.F.スローンのEPジャケットだったり、アイビー以前に英国のスクールスタイルに興味を持つきっかけとなった映画『小さな恋のメロディ』だったと思います。
自分がこの世界に入ってから最も影響を受けたのは、ラルフ・ローレン本人ですね。彼のスタイルはもちろん、考え方、信念には今でもずっと影響されています」
かつてラルフ・ローレンは「スタイルは非常に個人的なものだ。スタイルはファッションとは関係ない。ファッションはすぐに終わる。スタイルは不滅だ」という名言を残している。つまり八木沢さんが目指すのも一過性の流行やモードとは相反する位置づけにある。
アメカジに興味を持つきっかけは、P.F.スローン『孤独の世界』のレコードジャケット。名画『小さな恋のメロディ』は主人公の英国スクールスタイルに多大な影響を受けた
八木沢さん自ら打診して、入社翌年より西海岸だけでなく、東海岸へとバイイングの幅を広げ、NYトラッドの新潮流をいち早く日本へと届けた。当時、日本でも一部の服好きから人気を集めたニューリパブリックやギャリック・アンダーソン、オーナーとの親交もあったウィリス&ガイガー、そしてかのラルフ・ローレン。そのようなシーンの重要人物たちとのスナップも少なくない。下は「原宿キャシディ」オープン当初の店内観。
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決して力まず、装わず、等身大の自分でありたい。
タバコは吸わず、お酒もほぼ飲まず続けているのは養命酒のみ、さらに好きな食べ物は目玉焼きとカルピスウォーターというお茶目な一面を持つ八木沢さんのアザーサイドをさらに深堀りしていきたい。冒頭で触れたように、休日は洗濯に勤しみ、古着は着ないというポリシーを本当にお持ちなのだろうか?
「洗濯は好きですよ。洗濯自体が好きというよりは洗い終えた服のパッカリングが何より好きなので、新しい服を手に入れる際はあらかじめやや大きめを選び、あえて乾燥機をかけてパッカリング含め、好みのニュアンスに仕上げています。古着を着ない理由もじつは近しい理由からで、どこかの誰かが何年もかけて一生懸命育てた味わいやニュアンスも、ある意味では財産だと思いますし、古着だからといって縁もゆかりもない僕が引き継ぐのには、やっぱりどこか気が引けるのです」
さらに気になったのが、本企画の共通質問「日常的に服を楽しむ秘訣とは?」への「ときめく、でも平常心で着られる服」というアンサー。合わせてあまり語られてこなかった八木沢さん流の服との距離感についても詳しく訊いてみた。
「ときめくことは絶対条件です。とはいえ、自分らしさとも言えるのかもしれませんが、いつも通りの気持ちでいられることも等しく求めています。ちょっとの隙のない感じは僕には難しいですし、もちろん憧れはしますが、僕の流儀、目指すべきスタイルではないと思っていて。例えば、アイビーやカレッジものの写真集を見ていて、彼らは普段の学生生活ですからシャツの裾がはみ出しそうになっていたり、小さく解れたところを直していたりする感じが僕には人間臭くてちょうどいい。
数年前、現英国君主のチャールズ3世がジャケットの裾を雑にお直ししていたことが話題になりましたが、ああいう無頓着さも僕にはかっこよく映ります。その人なりに頑張っているんだけどどこか隙があったり、ダラシなかったりするのがやっぱり人間らしさだと思いますし、ひいては僕らしさだと思うんですね」