慶応大学が「最強生物クマムシ」がどうやって進化したか一端を解明! / Credit:Canva . 川勝康弘

奴らは海から2回にわけてやってきたようです。

慶應義塾大学によって行われた研究によって、クマムシの持つ超耐性能力が長い進化の過程でどのようにして獲得されたのか、その謎の一端が解明されました。

遺伝子解析では海に住んでいたクマムシの主流な2グループが2回にわけて別々の時期に陸上へ進出したことが示されました。

またクマムシたちの備える一部の耐性遺伝子の数は、現在の生息地の乾燥レベルとは必ずしも一致せず、過去に起きた複雑な環境変化や進化の歴史を内包している可能性が示されました。

クマムシたちは驚異的な耐性を進化のどの段階でどのようにして獲得したのでしょうか?

研究内容の詳細は『Genome Biology and Evolution』にて公開されています。

目次

超耐性能力はどのような進化でどうして獲得されたのか?クマムシたちは海から陸に2度にわけてやってきた

超耐性能力はどのような進化でどうして獲得されたのか?

クマムシはしばしば「最強の生物」と呼ばれることがあります。

この微小な生物は、極端な環境下でも生き延びる驚異的な能力を持っています。

例えば、クマムシは摂氏マイナス273度からプラス151度という驚くべき温度範囲に耐えうるだけでなく、宇宙の真空から600メガパスカルという圧倒的な圧力まで、ありとあらゆる状況に対応できます。

2007年、欧州宇宙機関はクマムシを宇宙の過酷な環境にさらしましたが、これらの小さな生き物は見事にその試練を乗り越え生存しました。

その耐久性は放射線や重イオンビームといった高エネルギーの直撃に対してもびくともせず、さらには有機溶媒や硫化水素、四酸化オスミウムなど、他の多くの生物にとっては致命的な化学物質に対しても高い抵抗力を示します。

驚くべきことに、クマムシは銃の弾頭に乗せられて撃ち出されても生存する能力を持っていると言われています。


慶応大学が「最強生物クマムシ」がどうやって進化したか一端を解明! / Credit:wikipedia

これまでの研究では、クマムシたちの驚異的な耐性能力は、乾燥に反応して極端な代謝停止に移行することで達成されることが示されています。

クマムシたち細胞は乾燥に直面すると、ある種のガラス化状態に移行して生命活動を停止させることが可能であり、異常な環境を仮死状態で乗り切るのです。

代謝が停止したクマムシたちは一切の動きを停止し、呼吸も行わなくなります。

(※ガラス化によって核など細胞の重要な部品やDNAを固めて保持することができます)


慶応大学が「最強生物クマムシ」がどうやって進化したか一端を解明! / 撮影 田中冴・相良洋

実際クマムシたちの遺伝子を調べると、この変化に関連した、他の種には存在しない固有の遺伝子群が存在しています。

そのためクマムシちはしばしば無茶な実験にも駆り出されることがあります。

たとえば以前に行われた研究では上の図のように、極低温環境にて、量子もつれを構成する回路の一部としてクマムシが使われました。

量子回路に動物を組み込む必要性については議論があるところですが、実験後にもクマムシたちは再び活動を開始し、量子実験を生き延びたことが示されました。

またNASAが後援する「スターライトプロジェクト」では、クマムシを乗せた光学帆船を光速の30%まで加速させ、プロキシマケンタウリの惑星を目指す計画が検討されています。

クマムシならば恒星間航行という過酷な環境に耐えられる可能性があるからです。

(※なお宇宙船には減速装置は搭載されていないため、クマムシを乗せた宇宙船は光速の30%まで加速したのち、目的地のプロキシマケンタウリの惑星に、同じく光速の30%で突っ込むことになります)

ただ既存の研究は主としてクマムシの超耐性能力を調べたり、その能力を利用する実験に重きが置かれており「クマムシの進化」にかんしてはあまり着目されていませんでした。

そのためクマムシたちがどこから来て、進化のどこで、どのように超耐性能力を獲得したのかは多くが謎に包まれていました。

そこで今回慶應義塾大学の研究者たちは、数あるクマムシのうち8科13属の遺伝子を調査し、クマムシグループの進化の道筋を構築することにしました。

すると海を起源とする意外なストーリーが浮かび上がってきました。

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クマムシたちは海から陸に2度にわけてやってきた

クマムシたちはどうやって超耐性能力を獲得したのか?

調査において特に着目されたのはクマムシが持つ、熱に強いタンパク質(熱可溶性タンパク質)の遺伝子やストレス耐性遺伝子の存在でした。

普通の生命のタンパク質は60℃前後の高温に晒されると変性して失活してしまい、水に溶け込む能力を失って沈殿しまいます。

一方、熱可溶性タンパク質は90℃以上になっても水に溶ける能力を維持しており、クマムシの驚異的な耐性能力を支える仕組みを構成していると考えられています。

熱可溶性タンパク質は細胞内の働く場所によっていくつかに別れており、真クマムシ網に属する種では細胞質部分で働くもの(CAHS)、ミトコンドリア内部で働くもの(MAHS)、細胞外部に分泌されて働くもの(SAHS)の3種類が確認できました。

一方、異クマムシ網に属する種では別系統ながらも同じ働きをするEtAHSαとEtAHSβの2種類が確認されています。

またストレス耐性遺伝子としてはMRE11の存在が調べられました。


丸い円は生息地域を示しています。また右側の数値は各種の耐性遺伝子の数になります / Credit:James F Fleming et al . The Evolution of Temperature and Desiccation-Related Protein Families in Tardigrada Reveals a Complex Acquisition of Extremotolerance . Genome Biology and Evolution (2023)

また上の図の右の数値はそれぞれの種が持つ熱可溶性タンパク質の遺伝子数とストレス耐性遺伝子の数となっており、真クマムシ網と異クマムシ網では系統が大きく異なる熱可溶性タンパク質を利用していることがわかります。

この結果は、クマムシの海から陸地への進出イベントは独立した2回によって行われたことを示しています。

(※1つ目は真クマムシ網、もう1つ目は異クマムシ網。それぞれの耐性のよって立つ遺伝子が異なるということは、陸上への進出が時と場所を別にして独立していることを示唆します。)

というのも、陸上に進出した先祖が共通である場合、重要な耐性を授けてくれる熱可溶性タンパク質が同じだと考えられるからです。

次に研究者たちは遺伝子の数と生息地の関係を調べました。

事前の予想では、乾燥しやすい地域に住むクマムシは熱可溶性タンパク質の遺伝子数が多く、湿った地域に住むクマムシは逆に少ないと考えられていました。

しかし詳しく分析したところ、ある程度の一致がみられる場合があるものの、全体として、乾燥度度合いと熱可溶性タンパク質の遺伝子数には明確な相関関係が存在しないことが示されました。


慶応大学が「最強生物クマムシ」がどうやって進化したか一端を解明! / Credit:James F Fleming et al . The Evolution of Temperature and Desiccation-Related Protein Families in Tardigrada Reveals a Complex Acquisition of Extremotolerance . Genome Biology and Evolution (2023)

たとえば乾燥耐性が強いオニクマムシと乾燥耐性が弱いチョウメイムシを比較したところ、熱可溶性タンパク質の数はオニクマムシのほうが少なくなっていました。

このことから研究者たちは、クマムシたちに刻まれた遺伝子のパターンは、現代の陸上種の生活場所とは一致せず、もっと複雑な過去に起きた適応を反映している可能性があると述べています。

数億年前に2回にわけて海から陸にあがったクマムシたちは、いったいどんな激動の歴史と進化を体験したのでしょうか?

将来の研究で理解が進めば、驚異的な耐性を持つ生物たちの適応戦略を浮き彫りにできるでしょう。

参考文献

Tardigrade genomes reveal the secrets of extreme survival
https://www.eurekalert.org/news-releases/1031967

元論文

Highlight: Tardigrades and the Science of Extreme Survival
https://academic.oup.com/gbe/article/16/1/evad234/7577888?login=false

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。