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Point
■イヌは意外なほど豊かな表情を見せる動物だが、これはヒトと暮らす中でイヌたちが獲得した進化の結果

■解剖調査によるとイヌには内眉を動かすための表情筋を持っているが、オオカミにはこの筋肉が存在しない

■イヌがオオカミから分岐して3万年ほどと言われるが、近縁の種がこれほどの短期間で進化上の変化を見せることは驚き

イヌは非常に表情が豊かな動物だ。

イヌに親しみの無い人からすると「どうせ加工でしょ?」「飼い主のヒイキ目」とか思ってしまうかもしれないが、今回報告された研究では、解剖によってそれが事実であることを確認したという。

今回の研究者たちが行った調査によると、イヌたちは豊かな表情を作るために、目の周りに特別な筋肉を持っていることがわかった。そしてこれは、イヌの先祖であるオオカミには存在していない筋肉だったのだ。

どうやらイヌたちは、ヒトと暮らす中で、表情を作り出す能力を獲得したらしい。

この研究は、英国ポーツマス大学及び米国の複数の大学研究者たちの共著で発表され、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されている。

なお、この研究では関連組織から死んだイヌとオオカミの死体を引き取って解剖調査を行っており、生きたイヌやオオカミを犠牲にしていないことを予め断っておく。

Evolution of facial muscle anatomy in dogs
https://www.pnas.org/content/early/2019/06/11/1820653116

あざと可愛いイヌたちの進化


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イヌたちには内眉を引き上げる表情筋が備わっている。

この内眉の動きは目を大きく見せ、幼児らしいあどけなさを作り、悲しんでいる様子を上手く伝えることができる。これは、人間から良い反応を引き出すのに有効である。つまり、「可愛い」と思わせることができるのだ。

人間と2分間以上接触させると、イヌはこの内眉を引き上げる動きを強くする。こうした反応はオオカミで同じ実験をしても見られない。イヌたちは人間が見ているときのほうが、活発にこの筋肉を動かすのだ。

さらに、こうした人間に向けて表情を作るというイヌの動作は、進化による変化の可能性が高いという。

解剖によると、イヌには2つの特徴的な表情を作るための筋肉が備わっている。

1つは内眉を引き上げる筋肉(LAOM)、もう一つ瞼を耳に向かって引っ張る筋肉(RAOL)だ。

この2つの筋肉について、イヌの祖となるオオカミと比較して解剖調査を行った結果、なんとオオカミにはこの2つの筋肉が存在していなかった。


オオカミ(右)とイヌ(左)の顔の筋肉組織/Credit:Tim D. Smith (Cambridge University Press, Cambridge, UK)

オオカミの顔には同じ位置に細かく不規則な繊維の塊があるだけで、眉を上げるための筋としては機能していなかったのだ。

さらに、古い犬種とされるシベリアン・ハスキーには、2つの表情筋のうち耳に向かって瞼を引く筋肉(RAOL)が存在していない。


シベリアンハスキー / Credit:pixabay

シベリアン・ハスキーはオオカミに近い特徴を多く残しているとされるが、この解剖結果からは表情筋がオオカミからイヌへと変化する過程で形成されたことが示されている。

オオカミやハスキーのキリッとした表情は、裏を返すと表情筋に乏しいことが原因のようだ。しかし、それは誰にも媚びた表情を見せない高潔さの表れでもあるのだろう。

まあ、シベリアン・ハスキーは見た目とは裏腹に、すでに人間に慣れ親しんで媚び媚びかもしれないが…。

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イヌはもっとヒトと仲良くなりたい

イヌがヒトと暮らし始めたのは、およそ33000年ほど前からだと言われている。

つまりこうした表情筋の変化は、たった3万年の間に起こったということだ。

解剖学的には、筋肉の構造は通常の進化では非常にゆっくりと変化していくものと考えられている。しかし、筋肉を含めた柔らかい組織は化石としては残らないため、こうした部分の進化の過程については研究することは非常に困難だ。

今回の研究報告は筋肉の進化が、数万年という非常に短い期間で起こっていることを示しており、とても興味深い事例だといえる。

ヒトと共に生きるイヌにこうした変化が起こったということは、表情が豊かなイヌほど、より人間に愛され大切に育てられた証だろう。

この研究は、ヒトとイヌが共に生きるようになったメカニズムを理解するためにも、重要な知見をもたらしてくれている。

また、ヒトは表情の他に、目の白い部分がはっきりわかる個体を好む傾向があるという。視線の動きがはっきり読み取れることは、ヒトがコミュニケーションにおいて重要視している要素の1つなのかもしれない。

イヌに見られる顔面の筋肉は、この白目部分を露出させるのにも役立っており、ヒトとイヌの絆を強めるもう1つの要因になっていると考えられている。

今回の発見は、人の注意を引く上で、表情が如何に重要であるか、社会的な交流において表情というものがいかに強力な道具であるかということも示している。

あまり人から好意を向けてもらえないという人は、ひょっとしたら常に無表情を貫いていることが原因の可能性もある。

こうした表情筋の発達が生存戦略だと考えると、若干あざといようにも感じてしまうが、イヌはヒトと円滑にコミュニケーションをとってより仲良くなる道を選んだ動物ということなのかもしれない。

イヌが可愛いことにはちゃんと理由があったのだ。

reference:phys,theguardian/written by KAIN

ライター

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

編集者

ナゾロジー 編集部