私たちがオンラインで匿名になる理由 / Credit: Unsplash

ネット上での炎上騒動が社会問題とされる中で、ネットの匿名性自体を悪と捉える意見も見かけるようになりました。

確かにネット上では平気で悪口を言う人でも、現実で面と向かって悪口を言う人は稀です。

ではネット上の「匿名性」は悪なのでしょうか?

しかし、銀行強盗が顔を隠すからと言って、顔を隠す人がみな犯罪者なわけではありません。

人々には、悪意とは別にネット上で匿名性を求める動機があるはずです。

オーストラリアにあるクイーンズランド大学のルイス・ニチンスク氏(Lewis Nitschinsk)らの研究チームは、人々がネット上で匿名を選択する動機について調べ、それが「自己表現」と「悪質な行動」の2種類に分けられることを発見しました。

研究では悪意を持って匿名性を求める人がいる一方で、インターネット上では本当の自分を表現するために匿名性を求める人たちがおり、彼らはオンライン環境を自己開示するのに安全で魅力的な場所と捉え、他者と親密な関係を築き、維持する可能性が高くなると報告されています。

今回はオンラインコミュニティを理解するために、匿名性のメリットとデメリットについて解説していきます。

研究の詳細は、学術誌「Personality and Social Psychology Bulletin」にて2023年の10月24日に掲載されました。

目次

ネット上の匿名性は感情的で不合理な発言や行動を増やす匿名性は「自己表現」をしやすくする

ネット上の匿名性は感情的で不合理な発言や行動を増やす


ネット上の匿名性は感情的で不合理な発言や行動を増やす / Credit: Unsplash

SNSの投稿や掲示板の書き込み上でのトラブルは日常にありふれています。

インターネットは、他者と気軽に意見を交わすことができる場であるのは間違いありません。

自分の見識を広めたり、物理的に距離が離れた人との交流を可能にします。

しかし時に配慮のない言葉や悪意を持った「荒らし」により、特定の個人に誹謗中傷や人格攻撃の言葉が集中することもあります。

「ブスなのに勘違いしている」「彼の父親は犯罪者だから粗暴に違いない」「〇店で食べたけど店員の態度が最悪だった」など…。

このような発言はネット上では見かけるものの、普段対面の場であまり耳にすることはないように思われます。

ではなぜネットやSNSでは、誹謗中傷が多くなってしまうのでしょうか。

これまでの心理学の研究では、反社会的な発言や他人を攻撃する発言を増やす要因としてネット上の「匿名性」があると考えられてきました。

Facebookは実名での登録が基本ですが、日本人ユーザーが多いX(旧Twitter)、InstagaramなどのSNS、そしてネット掲示板は匿名で投稿できます。

匿名性により自由に発言する場所が作られ、個人の率直な情報発信や意見の表明が促されるのもたしかです。

しかし匿名性は、名前や顔を隠すことで個人が集団の中に埋もれ、自分に注意が向かずアイデンティティが希薄になる「没個性化」を生じさせます。

その結果、他者から自分自身が評価される感覚が薄くなり、責任や恥、罪悪感が鈍る一方で、自身を認識してほしいという欲求から感情的で不合理な発言や行動をしてしまうのです。

たとえば米ノール・フロリダ大のアダム・ジマーマン氏(Adam Zimmermann)らの研究では、匿名性が保たれた人は、周りの攻撃的な書き込みに同調しやすく、攻撃的な主張をしやすいことを報告しています。


実験の結果。 / Credit: Zimmerman &Tbarra, (2016).

しかしこれまで匿名性が個人の行動をどのように変えるかは検討されてきましたが、何を目的として人が匿名性を求めるのかはわかっていませんでした。

そこでオーストラリアにあるクイーンズランド大学のルイス・ニチンスク氏(Lewis Nitschinsk)らの研究チームは、匿名を選ぶ動機について調べています。

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匿名性は「自己表現」をしやすくする


匿名性を求める理由は「自己表現」と「悪質な行動」のため / Credit: Unsplash

彼らはオンライン調査と日々の日記を通じて、1,200以上の参加者からデータを集め、1週間に渡ってオンラインでの参加者の行動を追跡しました。

調査では、匿名性を求める動機、自尊感情、ダークトライアドと呼ばれる性格特性(ナルシシズム、マキャベリストなど)を尋ねています。

分析の結果、匿名性を求める理由として「自己表現」と「悪質な行動」の2つがあり、どちらの動機も自尊心の低さとマキャベリズム(目的達成のために手段を択ばない性質)の強さと相関していました。

参加者の中にはネット荒らしやいじめなどに関与している事例が散見されました。

研究チームは「これらのいわゆる『キーボード戦士(ネット上で攻撃的な発言をする人)』は悪質な行動を取るために匿名性を求めている」と述べています。

これらの人は、サディストでサイコパスの傾向が強く、匿名を選択する動機は悪意ある行動のためと、非常にシンプルです。

一方で参加者の中には、匿名性を求めながら、他のユーザとおしゃべりをしたり、人間関係を築くことに積極的な人がいました。

なぜこれらの人は匿名性を選択しながら、積極的に他者との交流や自己開示を行おうとするのでしょうか?

これらの人々は、現実の世界では自尊心が低く、社会的不安を抱えていて、他者との交流や自己開示には消極的でした。

しかしオンライン上で自分の顔や名前を伏せると、自身の脆弱性を隠せるため、オンライン環境が自己開示するのに安全で魅力的な場所に感じられるようです。そのため他者と親密な関係を築き、維持する可能性が高くなります。

これは「自己表現」を動機として匿名性を求める例だと研究チームは話します。

研究チームは「オンラインで匿名性を求める、さまざまな動機について明らかにすることは、オンライン・コミュニティにおける匿名性のメリットおよびリスクを明らかにすることにつながる」と述べています。

もともと相手に対して攻撃的な発言をする意図で、匿名性を選ぶ人もネット上には多く存在します。しかし注意すべきは、もともと悪質な目的で匿名性を選んだわけではない人々です。


匿名性を求める2つの動機である「自己表現」と「悪質な行動」は切り離すことが難しく、表裏一体である / Credit: Unsplash

匿名性を求める動機は、先に述べた通り「自己表現」と「悪質な行動」の2つに絞られますが、これらは完全に独立しているわけではなく、表裏の関係にあります。

最初は現実のしがらみを忘れて「自己表現」するために匿名性を選択しネット上で発信していたのに、知らないうちに他者の存在を尊重しないような、過激な発言ばかりしてしまう可能性は誰にでもあります。

これはネット上で発言を繰り返している人なら、思い当たる人は多いでしょう。

そのため「顔も名前もわからないからバレないはず」「周りの人も同じことをしているし大丈夫」などの安易な考えで、相手の人格を否定したり、過激な発言をしそうなときは、それが社会的な評価が下げる恐れはないか、一度立ち止まってよく考えるよう注意しましょう。

匿名性が保たれていても、行き過ぎた行為に対しては情報開示請求などの法的手続きによって、投稿者の特定をすることができます。

ネットは一見匿名性というベールで守られていると思いがちですが、その認識は間違っています。

ではネットやSNSの匿名性は良くないことなのでしょうか?

確かに、最近ではネットの炎上騒動が社会問題の1つとなっているため、ネットの匿名性自体を悪と捉える意見もよく見かけます。

しかし、この考えは正しいとは言えません。

今回の研究で報告されたように、悪意を持って匿名性を求める人もいる一方で、純粋に自分らしさを表現する場としてネットの匿名性を求めている人たちも大勢いるのです。

匿名性が担保されることで、プライバーが守られるのはもちろんのこと、自由に自分を表現して自己開示できるようになり、人と交流しやすくなるのもたしかなのです。

匿名性が何によって求められ、自分の行動・思考をどのように変えるのかを理解したうえで、SNSやネットを利用することが大事ではないでしょうか。

参考文献

What drives us to be anonymous online
https://www.uq.edu.au/news/article/2024/01/what-drives-us-be-anonymous-online

元論文

Why Do People Sometimes Wear an Anonymous Mask? Motivations for Seeking Anonymity Online
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/01461672231210465

Online aggression: The influences of anonymity and social modeling.
https://psycnet.apa.org/record/2014-24373-001

The Power of Schadenfreude: Predicting Behaviors and Perceptions of Trolling Among Reddit Users
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/20563051211021382

ライター

AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしていました。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。