赤ちゃんの遺伝子をウイルスで書き換え命を救うことに成功! / Credit:Canva

遺伝子を書き換える「遺伝子治療」で幼い命が救われました。

5月11日に『New England Journal of Medicine』に掲載された論文によれば、免疫系を持たないという致命的な疾患をかかえて生まれてきた50人の赤ちゃんに対して、遺伝子を書き換える「遺伝子治療」を行った結果、98%(48人)の治療に成功したとのこと。

遺伝子のエラーが原因の遺伝性の病気の場合、これまでは生涯にわたる投薬治療が必要となっていましたが、問題である遺伝子そのものを書き換えることで、根本的な治療が可能になったのです。

しかし、研究者たちはいったいどんな方法で、赤ちゃんの遺伝子を編集したのでしょうか?

目次

赤ちゃんの遺伝子をウイルスで書き換え命を救うことに成功!元エイズウイルス、現医薬品遺伝子治療の将来を担うウイルス

赤ちゃんの遺伝子をウイルスで書き換え命を救うことに成功!


書き換えの対象となったのは免疫系にとって重要な骨髄にある造血幹細胞 / Credit:Canva

免疫を持てなくするアデノシンデアミナーゼ欠損症(ADA-SCID)は、致命的な遺伝性疾患です。

この遺伝病を抱える子どもは感染症に対して全く無防備であり、学校に通ったり、友達と遊んだりといった日常的な活動でさえ命を奪う感染症を引き起こしてしまいます。

そのため発見が遅れるなどの原因で未治療だった場合、生後2年以内に致命的な状態に陥ります。

治療のためにこれまで主に行われてきた方法は、他人の免疫系を取り込むための骨髄移植です。

骨髄には免疫系を形成するにあたって中心的な役割をする幹細胞が存在するため、骨髄ごと移植を受けることで、赤ちゃんの体に免疫系を作り直すことができます。

しかし残念ながら骨髄移植の効果は十全とは言えず、生涯に渡って大量の抗生物質と、移植された骨髄細胞を赤ちゃんの体が拒絶しないための措置(免疫抑制剤など)が必要になります。

不具合を起こしている遺伝子を、他人から移植した細胞で補おうとする手法には、どうしても限界があったのです。

そこで今回、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者たちは、赤ちゃん本人の遺伝子を書き換える実験的な手法を実施しました。

対象となったのは、アデノシンデアミナーゼ欠損症を持って生まれた50人の赤ちゃんです。

研究者たちは、疾患を持つ赤ちゃんたちの骨髄から幹細胞を取り出し「レンチウイルス」という無害なウイルスを使って、不足していた遺伝子を細胞内に運び込み、再び赤ちゃんの骨髄へと戻しました。

結果、免疫系がなかった50人の赤ちゃんのうち48人で免疫系が構成されるようになり、その後は健常者とほぼ変わらない暮らしを送ることができるようになりました。

この結果は、赤ちゃんたちに不足していた遺伝子を、ウイルスを使って外部から供給する試みが、成功したことを意味します。

しかし、ここまで劇的な効果をもたらした「レンチウイルス」とは、何なのでしょうか?

人間の細胞を的確に認識して感染し、手際よく(副作用も少なく)遺伝子を潜り込ませる様は、普通ではありません。

それもそのはず…現在最も一般的に利用されているレンチウイルスはかつて「HIV-1」と呼ばれた存在だったからです。

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元エイズウイルス、現医薬品


元エイズウイルスだからこそ素早く人間の細胞を認識して遺伝子を侵入させられる / Credit:Canva

最も一般的に使われているレンチウイルスはエイズウイルスを元に作られています。

エイズウイルスの厄介な点として、自分の遺伝情報(RNA)を逆転写したのち人間のDNAに組み込ませて、細胞が生きている限り延々と自己増殖するという能力にあります。

そして細胞が分裂すれば、組み込まれたエイズウイルスの遺伝子もまた複製されて、倍の速度での増殖がはじまります。

しかし病原体としては厄介な性質を、人類は上手く利用しました。

エイズウイルスの遺伝子を解析して操作し、病原性と増殖性を奪い、代わりに赤ちゃんに不足していた人間の遺伝子(アデノシンデアミナーゼ)を、感染を通して赤ちゃんのDNA内部に運び込む「運び屋」に変えてしまったのです。

同様の仕組みを持つウイルスとしてレトロウイルスが知られていましたが、レトロウイルスが遺伝子を運び込めるのは、細胞が分裂中のときのみ。

そのため効率が悪く、効果は十分とは言えませんでした。

一方、エイズ上がりのレンチウイルスは基本的にいつでも細胞に感染して遺伝子を運び込むことができます。

難敵を改造して武器に変えることで、赤ちゃんたちは救われていたのです。