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一般に、人は左右対称性が高い顔ほど美しいと感じ、魅力的に思う傾向があります。

しかし、完璧に左右対称な顔の人はほとんどいません。多くの人は、「右の小鼻が左より大きい」とか、「左目の下にだけシワがある」など、左右で異なる特徴を持つものです。

左右の違いが大きな人は、これを容姿の欠点と感じるかもしれません。

美的な観点からは「好ましくない」とされる左右の非対称性ですが、しかし進化の観点からみると「環境適応能力の高さ」を示す優れた特徴である可能性があるようです。

千葉大学の研究者が発表した研究によれば、左右非対称性の大きさは、環境変化に対する生物の柔軟な適応能力と関連しているかもしれないと言います。

研究の詳細は、2024 年1月15日付の『Evolution Letters』誌に掲載されています。

目次

動物の体は発育時の「ゆらぎ」により非対称になる左右が非対称なのは「生き抜く力」と関係するかも!?

動物の体は発育時の「ゆらぎ」により非対称になる

研究の紹介をする前に、「左右が非対称であることと生物の進化って、どう関係しているの?」という疑問について整理しておきましょう。

生物の左右非対称性は、生物の見た目や機能に違いが生じる「変異」のひとつです。これは「表現型変異」と呼ばれ、たとえば、「毛の色の違う仔が生まれる」というのはこの変異の一例です。


表現型変異とは、生物個体の外見、行動、生理的特性などが、他の個体と異なること。 / Credit: Canva

表現型に起こる変異は、遺伝的な要因だけでなく、「非遺伝子変異」によっても引き起こされます。

たとえば同じ遺伝子を持つ双子であっても、環境や発育過程によって見た目や性格が変わることはあります。これは非遺伝子変異の一例です。

非遺伝的変異には、「表現型可塑性」と「発生ノイズ」などのタイプがあります。

表現型可塑性(Phenotypic Plasticity)は、同じ遺伝情報を持つ生物が、栄養状態、温度や光などの異なる環境要因に応じて、異なる外見や行動を示す現象です。

そして、発生ノイズ(Developmental Noise)は、生物が発達する過程で生じるランダムな変動のことで、個体間で微妙な差異を生み出す要因となります。

左右非対称性は、この発達過程で生じる「ランダムなゆらぎ」である発生ノイズの現れです。

生物がどのように進化し、環境に適応するかを理解するためには、「表現型変異」の研究が重要です。しかし、従来は遺伝的要因が変異の主な原動力と考えられていたため、非遺伝的変異の研究はあまり進んでいませんでした。

そこで千葉大学大学院の研究チームは、「表現型可塑性と発生ノイズは、進化にどう影響するか」に焦点を当て、実験を行いました。

チームは、異なる環境下で飼育したショウジョウバエの翅(はね)の形態を詳細に調べ、進化プロセスに与える影響を調査しました。

その結果、「環境に応じて形態を変化させる能力(表現型可塑性)が高い系統ほど、左右対称性の崩れやすさ(発生ノイズ)が大きい傾向がある」ことがわかったのです。

どのように調査が行われ、何がわかったのかを次で詳しくみていきましょう!

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左右が非対称なのは「生き抜く力」と関係するかも!?

研究チームは、オナジショウジョウバエという種を用いて環境変化にどう反応するかを調べるため実験を行いました。

研究者らはまず、千葉大学キャンパス内でオナジショウジョウバエを捕獲し、いくつかの系統(家系)を作成しました。そして、それぞれの系統を20世代にわたって繁殖させました。

本研究では、6つの異なる系統を選び、それぞれを7つの異なる環境条件下で飼育しています。これには、栄養状態、光と暗闇の周期、温度などが含まれます。

そして、それぞれの翅の形態を詳しく調べるため、機械学習プログラムを使って翅の12箇所にマーカー(目印)をつけ、その位置を記録。この位置の違いを分析することで、翅の形態の変化を詳しく調べたのです。

分析の結果、オナジショウジョウバエの翅の形や大きさは、育った環境によって変化することがわかりました。


左右非対称になりやすい系統は、環境に応じて変化しやすいことがわかった。 / Credit: Saito, K., et al.

たとえば、高温環境で育ったハエは、低温環境で育ったハエよりも小さい翅を持つ傾向がありました。

また、環境によって翅の形態が変化する程度(すなわち表現型可塑性の能力)は、系統により異なることもわかりました。

つまり、ある系統は環境からの影響で見た目が大きく変わりやすいのに対し、ほかの系統にはあまり変わらないものもあるということです。

さらに、表現型可塑性の能力が高いハエは、翅の左右非対称性(発生ノイズの程度)が高いという関連もみられました。

これについて研究者は、「左右対称性の崩れやすさは、変動環境下での生存のしやすさとも関係する可能性があります」と述べています。もしかしたら、左右がアンバランスな生き物の方が、変化する環境において生き延びやすいのかもしれないというわけです。


左右非対称の程度と表現型可塑性の程度の関係。 / Credit: Saito, K., et al.

「左右非対称だと、生き延びる力が強いのかもしれない」というのは、ちょっとした驚きですね。

2019年に発表された論文では「左右対称性は、人の身体的魅力を高めるものではない」と結論づける内容が示されています。人の魅力は個人の好み、文化的な影響、社会的な基準など多くの要因に依存するため、左右の違いは魅力になっている可能性すらあるというのです。

結局のところ、左右のバランスはちょっと崩れているくらいが、自然の中では好ましいのかもしれません。もし顔や身体の左右のバランスが悪いという問題に悩んでいる人がいるとしたら、その「非対称性」は、あなたの「生命としての強さ」を示すもなのかもしれません。

参考文献

左右非対称さは「環境変化への柔軟性」と関係する 遺伝しない変異と進化との間の新たな関連を発見 | 国立大学法人 千葉大学|Chiba University
https://www.chiba-u.jp/news/research-collab/post_101.html

元論文

Developmental noise and phenotypic plasticity are correlated in Drosophila simulans | Evolution Letters | Oxford Academic
https://academic.oup.com/evlett/advance-article/doi/10.1093/evlett/qrad069/7513544

ライター

鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。