Credit: canva
シベリアの永久凍土から、絶滅した3万2000年以上前の「ケブカサイ」のミイラが発見されました。
ケブカサイのミイラが見つかること自体きわめて珍しいですが、驚くべきはその保存状態。
体の一部だけでなく、半身がほぼ完全に残っており、皮膚や体毛、内臓までも観察することができました。
この発見は最終氷期に地球を歩き回っていたケブカサイの生態を理解するための貴重なサンプルとなります。
研究の詳細はロシア科学アカデミー(RAS)により、2024年7月1日付で科学雑誌『Doklady Earth Sciences』に掲載されました。
目次
激レアな「ケブカサイのミイラ」を発見!背中にコブ⁈ 新しい体のメカニズムを発見
激レアな「ケブカサイのミイラ」を発見!
ケブカサイ(学名:Coelodonta antiquitatis)は約12万6000年〜1万1700年前の更新世後期にユーラシア大陸北部に生息していた絶滅サイです。
マンモス、オオツノジカと並び、最終氷期を代表する大型哺乳類として知られます。
成体の全長は約4メートル、体重は3〜4トンに達し、鼻先と額の辺りに2本のツノを持っていました。
特に前方のツノは長大で、長く生きた個体の中には1メートルを超えるツノを持つものもいたようです。
今から約3万年前にシベリアに進出した人類とも数千年間の交流があり、旧石器時代の壁画にケブカサイの姿が描かれています。
ケブカサイ/ Credit: ja.wikipedia
これまでの調査で、ケブカサイの化石は豊富に見つかってきましたが、体の軟部組織を留めたミイラの発見例はほんの一握りしかありません。
しかしロシア科学アカデミーの研究チームは2020年8月、ロシア北東部・ヤクーティアにあるアビイスキー地区(Abyysky District)の河川敷にて、非常に稀少なケブカサイのミイラを発見することができました。
年代は3万2000年以上前のもので、体のサイズから4歳ほどの幼体と推定されています。
このミイラはアビイスキー地区で見つかったことから「アビイスキーサイ(Abyysky rhinoceros)」とのニックネームを付けられました。
ロシア北東部・ヤクーティア(緑)にあるアビイスキー地区(赤)/ Credit: en.wikipedia
ミイラが発掘されただけも十分な驚きでしたが、真に驚嘆すべきはその保存状態の良さでした。
永久凍土(※)の中で保存されていたおかげで軟部組織が腐敗することなく、体の右半身がほぼ完全な状態で残されていたのです。
(※ 永久凍土は最低2年以上にわたり継続して温度0℃以下を保っている土壌と定義される)
頭部や胴体、足の形状がきれいに保存されており、分厚い皮膚や筋組織、体毛、内臓の一部までもが残されていました。
右半身だけを見れば、全体が完全に保存されているようにしか見えません。
永久凍土で発見された毛深いサイのミイラ/Credit:G. G. Boeskorov et al.,Doklady Earth Sciences(2024)
左半身はおそらく、この個体が亡くなった後に何らかの動物によって食べられたせいで大部分を失ったと見られています。
また生殖器の部分も食べられていたため、アビイスキーサイがオスかメスかは特定できていません。
しかし軟部組織の多くが残っていたおかげで、化石だけではわからないケブカサイの秘密が明らかになりました。
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背中にコブ⁈ 新しい体のメカニズムを発見
ミイラの調査により最初に明らかになったのは、ケブカサイの毛皮が成長につれてどのように変化するかでした。
ケブカサイは寒冷な環境に住んでいたので、基本的に皮膚は分厚く、体毛の密度も濃かったことが知られています。
しかし研究チームは今回、アビイスキーサイと過去に見つかっているミイラを合わせて、ケブカサイの毛皮が成長につれて硬く、分厚くなっていく証拠を見つけたのです。
これまでの調査では、2015年に生後12〜18カ月ほどのケブカサイのミイラが、2007年には20歳ほどで死んだケブカサイの成体のミイラが見つかっています。
新たに見つかったアビイスキー・サイを含めて年齢順に並べてみると、ケブカサイの毛皮は幼い頃は薄くて柔らかく、大人になるにつれて濃くて硬くなっていることがわかったのです。
これは以前から予想できたことではありますが、実際に物的証拠として確認できたのは初となります。
背中にコブがあった!/ Credit: canva
しかし最も重大な発見は「背中にコブがあること」でした。
アビイスキーサイのミイラを調べてみると、背中に高さ13センチほどのコブがあり、中に脂肪が詰まっていたのです。
この点に関しては過去の研究でも知られていないケブカサイの解剖学的な特徴でした。
その正確な機能は断定されていませんが、研究者らは「栄養の貯蔵庫として使われた可能性が高い」と指摘します。
実際に同じ機能は現生の動物にも見られ、ジャコウウシの首と背中に沿って脂肪が集まっており、食物が不足したときにエネルギー供給に使われているのです。
また一般にもよく知られているように、砂漠に住むラクダにも同様の機能を持ったコブがあります。
その一方で研究者らは、コブがオスのディスプレイとして機能した説も唱えており、ライバルへの威嚇やメスへのアピールに役立った可能性もあると話しています。
ケブカサイ最大の謎「なぜ北アメリカにいないのか?」
アビイスキーサイのおかげで、ケブカサイの新たな一面が明らかになりました。
ただケブカサイについては謎めいた部分がまだまだ残されています。
中でも研究者たちが疑問に思っているのは「ケブカサイが北アメリカ大陸にいなかったこと」です。
今日、シベリアと北アメリカ大陸を分断する「ベーリング海峡」は最終氷期の間、海面が下がっていたことで地表が露出し、歩いて渡ることができました。
その証拠にケブカサイと同時代に生きていたマンモスはシベリアから北アメリカ大陸に渡り、豊富な化石が見つかっています。
ところがなぜかケブカサイの化石は北アメリカで見つかった例がないのです。
どうしてケブカサイは北アメリカに行こうとしなかったのか、体のつくりや体質的に何か行けない理由でもあったのか?
その謎はケブカサイのミイラを調べることで解き明かすことができるかもしれません。
参考文献
Frozen in Time: 32,000-Year-Old Woolly Rhino Found With Skin, Fur, and Organs Intact
https://www.zmescience.com/science/frozen-in-time-32000-year-old-woolly-rhino-found-with-skin-fur-and-organs-intact/
Rare woolly rhino mummies emerge from the permafrost
https://arstechnica.com/science/2024/09/rare-woolly-rhino-mummies-emerge-from-the-permafrost/
元論文
Frozen Mummy of a Subadult Woolly Rhinoceros Coelodonta antiquitatis (Blumenbach, 1799) from the Late Pleistocene of Yakutia
https://doi.org/10.1134/S1028334X24602438
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部