2024年9月30日、神奈川県鶴見警察署からひとりの会社員女性に感謝状が授与された。横浜市内のコンビニエンスストアで商品を盗んで逃げようとした男性をヘッドロックで取り押さえ、捜査に貢献したことに対するものだ。格闘技経験のある女性かと思えば、なんと茶道部だとか!
アニメ好きに裏打ちされた逮捕劇
コンビニ強盗を取り押さえた勇敢な女性は梁果琳(りょうかりん)さん(23歳)。彼女に話を聞いた。
──思わぬところで事件に遭遇し、大変だったと思います。当日の状況を教えていただけますか。
梁果琳(以下同) 9月16日のことでした。私はフリマサイトの発送をしようと思ってコンビニエンスストアに入店したのですが、そこで缶ビールを盗もうとした容疑者と店員さんがもみ合っているのが見えました。
とっさに身体が動いて、気づいたらヘッドロックをしていました。
反射的に抑え込んでしまったものの、その時点では容疑者の顔をはっきりと見たわけではありませんでした。
ヘッドロックをして数秒後に初めて容疑者の顔を見たんです。やはり容疑者も人生がかかっているからか、抵抗は非常に激しいものでした。
容疑者に腕を噛まれて数秒して、「もしかすると腕を先切られるのではないか」という恐怖感や焦燥感に襲われました。
警察に引き渡したあとも、周囲に容疑者の仲間がいたらどうしようと不安になりました。あるいは容疑者本人による報復の可能性もゼロではありません。
とっさに動いたものの、そうした恐怖感は確かにありましたね。
──とっさに動くというのはすごいですね! なにか武術の心得があったのでしょうか?
いえ、私は茶道部でした。お褒めいただきうれしいのですが、事件後、さまざまな賞賛をいただくなかに、「容疑者が武器を持っていたらどうするんだ」というもっともなお叱りもあり、深く反省したところです。
ちなみに、なにか特定の武術をやっていたことはありません。
昔から『バイオハザード』や『名探偵コナン』が好きだったりしたから、とっさに動いてしまったのかもしれません(笑)。とにかくアニメが好きでして。
──アニメ好きに裏打ちされた逮捕劇だったわけですね(笑)。その後、捜査協力となるかと思いますが、事情聴取などに時間が割かれると聞きます。
そうですね。犯罪捜査に欠かせないものですし、また冤罪を防ぐ重要な意味もありますので、日本国民として精一杯の協力をしたいと思っています。
もちろん、捜査員の皆さんにもたいへん頭が下がる思いです。
ただ、個人が置かれた環境によっては、十分に協力ができないこともあるのではないかと私は考えています。
たまたま私の職場は非常に有給休暇が取得しやすく、働きやすい環境ですが、必ずしもそうした状況の人ばかりではない現実がありますよね。
せめて公的な捜査に協力する際には、会社を必ず休める制度を創設するなどしてもよいのではないかと今回の件を受けて考えました。
(広告の後にも続きます)
捜査協力に時間を取られてしまう弊害
――梁さんは今回、どのくらい有給を使用しましたか?
事件当日は祝日(敬老の日)でしたので、有給を使う必要はありませんでした。
容疑者に腕を噛まれていたので、翌日は捜査機関に提出するための診断書を作成するため、午前休を使いました。また、9月30日は検察官による事実確認がありましたので、午後休を使いました。
繁忙期などではなかったのでなんの問題も生じませんでしたが、人によっては捜査協力を「面倒」と感じてしまうかもしれませんよね。
本来、証言者として協力することは冤罪を減らす、被害者の泣き寝入りを減らす、という観点からも重要だと思うのですが。
──今回のような強盗事件だけではなく、すべての事件において周囲の人の証言は大切ですよね。
そう思います。自分が事件の目撃者になったとき、「かかわり合いになったら時間を拘束されて面倒なことになる」と思ってしまえば、本来裁かれる罪が裁かれないかもしれません。
あるいは痴漢の被害者になったとき、恐怖に加えてそのような思考になれば、被害者なのに口をつぐむことになりかねませんよね。
捜査協力のために会社や学校を休むことがもっと認められれば、証言もしやすくなり、捜査もスムーズに行えるのではないかと思います。
──今回の事件について、さまざまなリアクションがあるかと思いますが、感じたことを教えてください。
友人や家族は「すごいな!」という感嘆の声をあげていました。ネットでは「茶道部強い」とか(笑)。
「茶道部ヘッドロック」が検索ワードに入ったりしていて、恥ずかしいようなうれしいような気持ちもあります。
一方で、容疑者が海外の人だったことを受けて、外国人が住むことによって治安が悪くなるといった意見もあるようです。
私は日本人ですが、外国の人をみてすぐに「悪いことをしそう」などと邪推する考え方には賛同できません。
さらにいえば、私は9年近く海外に住んでいましたので、海外に治安の悪い場所があることは承知していますが、それを個人の凶暴性と結びつけるのはおかしいと考えています。
なにより、一緒に戦ってくれた店員さんも海外の方です(笑)。
このことからも、外国人を一律に危険視するのがいかにナンセンスかわかります。日本人として、外国人に暴言を吐く人が減っていけばいいなと願っています。
※
武術とは縁遠い生活を送ってきたひとりの女性が、危険を顧みず容疑者を取り押さえた。インパクトを確かに残した「茶道部ヘッドロック」。
そのキャッチーさの裏側に、意外にも社会が透けて見える。若き梁さんは自らの行動を極めて客観的に振り返りながら、社会への骨太な提言を軽やかに行って微笑んだ。
取材・文/黒島暁生