ウイルスをブロックする鼻スプレー。イメージ / Credit:Canva,ナゾロジー編集
コロナ禍ほどではありませんが、やはり今でも新型コロナやインフルエンザに感染するのは怖いものです。
特に、コンサートなど人が密集する場所に出向く時には、「マスクだけで大丈夫?」と不安になってしまいます。
また大事な会議やイベントを控えている時期や、受験シーズンには、「1.2週間でいいから、いつもより感染対策を強化したい」と考える人も多いでしょう。
もしかしたら近い将来、そのようなケースで役立つかもしれない「新しい鼻スプレー」が誕生するかもしれません。
アメリカのハーバード大学(Harvard University)医学部に所属するジェフリー・M・カープ氏ら研究チームが、薬剤を含まず鼻腔内でウイルスを絡め取る鼻スプレーを開発したのです。
この鼻スプレーは、鼻腔に保護コーティングを形成することで、インフルエンザや新型コロナなどの呼吸器感染症を防ぐことができます。
マウス実験では、この鼻スプレーの使用により、肺のウイルスレベルを99.99%以上減少させることに成功しました。
これは通常の粘膜の作用を強化して、単純にウイルスを捕まえるという方法であるため、薬剤による副作用などの恐れがなく、ウイルスであれば種類を問わずに有効なようです。
研究の詳細は、2024年9月24日付の学術誌『Advanced Materials』に掲載されました。
目次
ウイルスをブロックする「薬剤を含まない鼻スプレー」を開発マウスの肺のウイルスレベルを99.99%減少させる!ほとんどの呼吸器感染症に効果あり
ウイルスをブロックする「薬剤を含まない鼻スプレー」を開発
鼻腔の内壁から侵入するウイルスたち / Credit:Canva
COVID-19(新型コロナ)や、インフルエンザなどの呼吸器感染症(または気道感染)の原因は、それらを引き起こすウイルスであり、飛沫などで感染します。
感染者が吐き出したウイルス入りの飛沫が空気中に漂うと、私たちは鼻からそれらを吸い込んでしまいます。
そしてそれらウイルスは、鼻腔の内壁細胞に感染し、増殖。
新たに感染してしまった私たちは、自覚症状の有無に関わらず、くしゃみや咳をした時、笑ったり歌ったりした時、ただ呼吸をするだけでも、ウイルス入りの飛沫を空気中にばらまくようになります。
これらを防ぐために、私たちはワクチンを打ったりマスクをしたりします。
しかし、ワクチンでは副反応が強く出るために、なるべく接種したくないと考える人もいるでしょう。
またマスクについても、これだけでウイルス感染を完全に防げるわけではありません。
そこでカープ氏ら研究チームは、従来の感染対策に追加で使用し、感染予防を強化できる「鼻スプレー」を開発することにしました。
彼らは、アメリカ食品医薬品局(FDA)による「過去に承認済みの点鼻薬」や、「GRASリスト(一般的に安全と見なされている物質のリスト)」に含まれる成分に着目しました。
そして、それらの成分を使用した新しい鼻スプレーを開発し、「PCANS:Pathogen Capture and Neutralizing Spray (病原体捕捉・無効化スプレーの意)」と名付けました。
薬剤を含まない鼻スプレーを開発。ジェルがウイルスをブロックする。イメージ / Credit:Canva,ナゾロジー編集
PCANSを使用すると、鼻の内側を覆うジェルが形成されます。
そして、このジェルが吸い込まれた飛沫を捕らえ、ウイルスを固定して、死滅するまで動けなくします。
もともと鼻には粘液が備わっており、ウイルスや細菌などの異物を排除する働きがあります。
しかしこれら防御機構には限界があり、空気の乾燥やストレスが原因で粘液の量や質が低下する場合があります。
またウイルスの量が多かったり強力だったりすると、粘液をすり抜けてしまいます。
だからこそPCANSのジェルがもたらす追加の強力なバリアは、感染予防を強化する上で効果的なのです。
しかもPCANSにはいかなる種類の薬剤も含まれておらず、アレルギー反応を引き起こす恐れがありません。
では、この新しい鼻スプレーは、実際にどれほどの効果をもたらすのでしょうか。
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マウスの肺のウイルスレベルを99.99%減少させる!ほとんどの呼吸器感染症に効果あり
研究チームは、新しい鼻スプレー「PCANS」を使ったマウス実験を行いました。
その結果、PCANSは、マウスに適応させたインフルエンザウイスからマウスを保護することができました。
マウス実験。PCANSがインフルエンザウイルスからマウスを保護した / Credit:Canva,ナゾロジー編集
致死量の25倍のウイルスにさらされた場合でも、たった1回のPCANSの投与で、マウスは保護されました。
また、PCANSを投与されたマウスは、未投与のマウスと比較して、肺のウイルスレベルが99.99%以上も減少し、肺の炎症細胞(感染に対処し、体を守るために炎症反応を起こす細胞)も正常のままでした。
そして、PCANSはマウスの鼻に最大8時間留まり、感染防止の効果を発揮していました。
もし、人間にも同じ効果を発揮するのであれば、外出時の保護を強化したい場合、1日1.2回の投与だけで済むことになります。
加えて研究チームは、人間の鼻の3Dプリントモデルを使用した実験も行いました。
そのモデルの鼻腔にPCANSを噴霧すると、PCANSは、鼻の粘液だけの場合と比較して、2倍もの飛沫と捕らえると分かりました。
そして研究チームは、PCANSに関して次のように述べています。
「PCANSはジェルを形成し、強力なバリアを作り出します。
そして、インフルエンザ、SARS-CoV-2、RSウイルス、アデノウイルスなど、私たちがテストしたすべてのウイルスと細菌のほぼ100%をブロックし、無効化しました」
新しい感染対策となるか。今後の進展に期待 / Credit:Canva
とはいえ、この新しい鼻スプレー「PCANS」には、まだ安心できない部分が残っています。
ヒトで直接試したわけではないため、私たちに対して実際にどれほど効果的なのかは分かりません。
またPCANSの使用感も気になるところです。
研究チームは、「PCANSのジェルは使用者の呼吸に影響を与えない」と主張していますが、このあたりは実際に人が使って確かめるべきでしょう。
強力なジェルが鼻の内部にまとわりつくのであれば、何らかの不快感やデメリットがあってもおかしくないからです。
とはいえ、全体的に考えると、PCANSは私たちに大きな期待を抱かせるものです。
「1日に1.2回鼻スプレーするだけ」という手軽さと、「マスクなどの従来の感染対策に追加できる」ことは、アレルギーで悩んでいる人、大事な会議を控えている人、大きなイベントに出向く人の需要にぴったりなはずです。
参考文献
Drug-free nasal spray prevents infection by trapping viruses in the nose
https://newatlas.com/disease/pcans-nasal-spray-traps-viruses/
Preclinical Studies Suggest a Drug-Free Nasal Spray Could Ward Off Respiratory Infections
https://www.brighamandwomens.org/about-bwh/newsroom/press-releases-detail?id=4807
元論文
Toward a Radically Simple Multi-Modal Nasal Spray for Preventing Respiratory Infections
https://doi.org/10.1002/adma.202406348
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部