『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 すべてを目撃せよ、2024年の最重要作品

凍り付いたフレームの余白に

「最初にどんなイメージにするか話し合ったときのインスピレーションは、カメラマンが写真を撮るためにカメラを顔に近づけると、その一瞬の0コンマ何秒が凍りつくというものでした。(中略)そのフレームの外で何が起こっていたのか?その静止画に至るまでに何が起こったのか?その瞬間の後に何が起こったのか?その美学にどうアプローチするのか?どのようにその世界を構築するのか?」(撮影監督:ロブ・ハーディ)*

カメラマンがシャッターを切る瞬間、世界がフリーズする。同時に世界のあらゆるノイズが瞬時に消え去る。冒頭シーンで爆弾の爆発に遭遇したジェシーは、あまりの恐怖に立ちすくんでしまう。ふと正気に戻ると、さっきまで隣にいたはずのリーが爆弾テロの決定的瞬間をカメラに収めている。百戦錬磨の経験を持つリーは、この程度の爆発で動じることはない。ジェシーはリーに向けてカメラを構える。ジェシーのカメラは父親から譲り受けたニコンの古いカメラだ(対照的にリーはデジタルカメラを使用している)。シャッターを切る。音のないモノクロームの世界が瞬時に凍りつく。フリーズ・フレームの余白には、ウィキペディアでは到底知ることができないリーの人生が浮かび上がっている。ジェシーはリーの背中を撮ることで彼女のジャーナリストとしての矜恃や、敢えて捨ててきたであろう人生を察していく。ジェシーはリーに質問する。「私が撃たれたら、その瞬間を撮る?」

ここには問いがある。破壊や殺戮を干渉抜きに記録し続けることはジャーナリストとしては正しい。しかしその勇気は人間性の喪失ともつながっている。このままジェシーを“モンスター”のように成長させてしまってよいのだろうか?どんどんアドレナリンを放出させていくジェシーをリーは複雑なまなざしで見ている。静止画の背後、余白にはカメラマンの“物語”がある。

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すべてを目撃せよ

『シビル・ウォー』はジャーナリストたちの政治的な立場を明らかにしていない。起きたことをありのままに伝えようとするジャーナリストたちは、二極化のどちらの側にも立っていない。大統領が共和党なのか民主党なのかも明言を省かれている。この映画は二極化の物語が導く最終的な勝利や敗北によるカタルシス、安易な感動を周到に拒否している。アレックス・ガーランドは、頑固なまでに戦争によるディストピアがどのように見えるかということに主眼を置いている。

サヴァイブすることがこの世界のすべてになっている者たちもいる。どちらの側のアメリカ人なのか分からない戦闘員。戦争の磁力は人々の信条の方向感覚さえ狂わせてしまうようだ。廃墟のテーマパーク“ウィンター・ランド”で出会う兵士たちは、政治的な信条で戦っているのではなく、殺される前に殺すという野生動物のような生存競争の世界にいる。屋敷の影に隠れて銃を放つ姿の見えない敵。ここではもはや敵が誰なのかさえ関係がない。政治的な“正義”は爆撃と共に既にどこかに吹き飛んでしまっている。ここでは生存だけが求められる。その意味で『シビル・ウォー』は“正義”の後の世界を描いた作品であり、“正義”が逸脱した後に何が残るかを描いた映画ということができる。墓場を管理する赤い眼鏡をかけた兵士(ジェシー・プレモンス)は問いかける。「(お前は)どのようなアメリカ人なのか?」。ジャーナリストという免罪符は彼には通用しない。この男はすべての観客を恐怖に陥れる。

ジャーナリストたちのロードトリップと同じく、『シビル・ウォー』という作品自体がアメリカを探し続けている。しかしアメリカはいったいどこにあるというのだろう?凄まじい銃声の音響に包まれる最前線の首都ワシントン。正義が逸脱した世界にほんの少しの良心は残っているだろうか?それともあらゆる良心は粉々に罰せられてしまうのか?『シビル・ウォー』は、すべてを目撃せよと言う。美も恐怖もすべてを目撃せよと言う。そこに勝利や敗北のカタルシスはない。この状況への問いだけが残る。それをこの映画はジャーナリズムと呼ぶ。すべてをカメラに収めるジェシー=ケイリー・スピーニーの表情には、アメリカの現在地が映り込んでいる。

出典
*[Holding the Chicken: DP Rob Hardy on Civil War] Film Maker Magazine

文 / 宮代大嗣

作品情報

映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

舞台は、連邦政府から19の州が離脱したという近未来のアメリカ。国内で大規模な分断が進み、カリフォルニア州とテキサス州が同盟した西部勢力と政府軍による内戦が勃発していた。戦場カメラマンのリーをはじめとする4人のジャーナリスト・チームは、ニューヨークから約1300km、戦場と化した道を走り、大統領がホワイトハウスに立てこもる首都・ワシントンDCへと向かう。

監督:アレックス・ガーランド

出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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公開中

公式サイト happinet-phantom.com/a24/civilwar/