長い歴史を誇る「ガンダム」シリーズには様々な「ガンダム」が登場します。そのもっとも個性的な「ガンダム」といえば間違いなく「∀ガンダム」でしょう。「∀ガンダム」だけ他の「ガンダム」と似ていない理由について考えてみました。



ヒゲ、股間コックピットが特徴的だが…画像はバンダイビジュアル(当時)より2011年発売の「G-SELECTION ∀ガンダム DVD-BOX」パッケージ (C)創通・サンライズ

【画像】そういや主人公も…! 多くの人の「新しい扉」を開いたという「ロラン」のパイロットスーツ姿をチェックする

これってホントに「ガンダム」なんですか?

「ガンダム」シリーズでも際立って異色のデザインで知られる『∀ガンダム』(ターンエーガンダム)の主役機「∀ガンダム」は、特徴的な「ヒゲ」に加えて、コクピットの位置も従来の「ガンダム」とは違い、胸部ではなく股間に位置します。なぜ「∀ガンダム」だけこのようなデザインなのでしょうか?

「ガンダムらしさ」のアイコンを捨てたことで批判殺到

 2024年時点では再評価されている「∀ガンダム」のデザインですが、TV放送当時は多くの批判が集まりました。特に槍玉に挙げられたのは、「ガンダム」の共通シンボルともいえる兜の「前立(まえたて)」のようなV字型のアンテナが口の位置に移動している点と、まるで上向きの男根のような筒型コクピットが股間に位置している点です。

 それまでの「ガンダム」は、パイロットはMS(モビルスーツ)の胸部に搭乗し、V字のアンテナも額にありました(「サイコガンダム」など巨大MSは例外として)。この2点は「ガンダム」らしさの最低限にして究極のアイコンであり、世界各地のガンダムがバトルロイヤルを繰り広げる『機動武闘伝Gガンダム』でも踏襲されています。

 セーラー服をモチーフにしている「ノーベルガンダム」や、背後にコブラの頭部を背負っている「コブラガンダム」、半魚人のようなデザインの「マーメイドガンダム」ですら、額のV字アンテナと胸部コクピットは共通です。このフォーマットさえ守れば「マンダラガンダム」のように下半身がお寺の鐘になっていてもガンダムと認識できるのですから、とてもすごいことです。

 そのアイコンを完全に放棄してしまったため、「∀ガンダム」は大きな批判にさらされました。工業デザイナーであるシド・ミード氏による「ガンダム」らしさから逸脱したデザインは、当時のファンに受け入れられなかったのです。これはガンプラの売上が振るわなかったことから明らかです。

 そして『∀ガンダム』以降、同様のデザインの「ガンダム」は制作されていません。極めて例外的な特殊デザインだったといえるでしょう。



こうして見ると女性ぽい体つきにも…? 「MG 1/100 ターンエーガンダム(月光蝶Ver.)」(BANDAI SPIRITS) (C)創通・サンライズ

(広告の後にも続きます)

あれは男根であり子宮!

「∀ガンダム」は「これまでのガンダムの全否定と全肯定をする」という大きなテーマで立ち上げられた、「リング・オブ・ガンダム」という企画から始まりました。「∀(ターンエー)」という見慣れない記号は、記号論理学において「全て」を表す論理記号です。つまり「∀ガンダム」とは企画テーマどおり「全てのガンダム」と名付けられたガンダムなのです。その「∀ガンダム」がこれまでのMS(モビルスーツ)「ガンダム」と似ていないというのは不思議なことです。

 しかし抽象的なテーマを「象徴」によって表現するシンボリズム(象徴主義)の視点から「∀ガンダム」を見直すと、極めて考え抜かれたデザインであることが分かります。コクピットの位置とその形状は明らかに男根をモチーフにしていますが、実はパイロットを包む子宮でもあります。これは富野監督がシド・ミード氏にコクピットの場所を子宮の位置にするよう依頼していたことから明らかです。

 また「∀ガンダム」のフォルムは曲線的で女性的ですが、立派な「ヒゲ」のようなフェイスガードは男性的です。牛を運んだり洗濯をしたりする平和的な面があるかと思えば、胸部のサイロに核兵器を封印し、文明を破壊する光の蝶の羽を隠しています。「∀ガンダム」という巨人には、戦争と平和、そして男性的なシンボルと女性的なシンボルが両立しているのです。

 加えてパイロットの少年「ロラン・セアック」が、外交の場で美少女パイロット「ローラ・ローラ」として紹介されるほど中性的なキャラクターである点にも注目です。白い機体と黒い肌という点でも対照的な関係が見られます。

 このように『∀ガンダム』には「ガンダム」を使って全てを包括するという極めて強いメッセージ性が感じられ、それが兵器としてのMS「ガンダム」とは異なるデザインにつながっているようです。アメリカ人デザイナーを起用したのは、あえて「お約束」を外したデザインにするためだったのでしょう。

ほかにもある! 子宮の位置にコクピット配置したメカ

 富野監督がコクピットを子宮の位置に配したのは「∀ガンダム」だけではありません。実は富野監督は『∀ガンダム』の前作『ブレンパワード』でも、機体(「アンチボディ」)の子宮の位置にコクピットを配置しています。またTVアニメ『聖戦士ダンバイン』と世界観を共有した『リーンの翼』のメカ「AB(オーラバトラー)」も子宮コクピットです。「ダンバイン」のABは胸部コクピットだったので大きな変更だといえます。

 シンボリックな解釈を別にすれば、子宮コクピットにはコクピットの場所を頭部や胸部に配置するよりも重心が低く安定しやすい、という設計上の理由が考えられます。子宮コクピットは富野監督自身が生み出した「ガンダム」によって一般化したデザインに対する挑戦、という一面があったのかもしれません。