低線量放射線に関する最新動向
DNA損傷修復のメカニズム / Credit : 高橋克彦(獨協医大)- 低線量率放射線の影響について(2020)
ICRP(国際放射線防護委員会)では、低線量の放射線がヒトの健康に与える影響を推定する場合、「放射線による影響は、線量がいくら低くても生物学的には有害で、その有害な効果が線量と共に増加する」、と仮定したLNTモデルを採用し、各国に勧告しています。
当然ながら、我が国を含め各規制当局としては、国民の安全、健康を守るために安全余裕を十分に考慮した、このICRP の勧告やそれをもとにした厳しいLNTモデルを前提とした設定をする必要がある訳です。
但し、このLNTモデルの是非についてはさまざまな議論があり、フランスの科学アカデミーと医学アカデミーは、100ミリシーべルト以下の低線量の放射線では、がんが発生する可能性は無視できるほど低い、と主張しています。
その報告書では、放射線生物学の研究成果から、低線量領域では被ばくしても損傷を受けた細胞を修復したり、死んだ細胞を正常細胞に置き換えたりする機能が向上することや、必ずしも統計上の白血病の発症傾向が低線量被ばくの影響と整合しないことなどから、年間100ミリシーベルト以下の被ばく線量でLNTモデルを適用することは過剰に厳しい評価になる、としています。
現在、この議論は決着しておらず、原子力の規制当局は放射線防護の観点から厳しいLNTモデルを引き続き採用し、規制要件を緩和するつもりはないようです。
一方で、医療業界および研究機関は低線量放射線の効果(ホルミシス効果)を合理的に活用するという観点から新たな治療法等の研究を進めています。
参考文献
低線量放射線の健康への有益効果と医療への応用の可能性(学術の動向2011.11)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/16/11/16_11_11_75/_pdf/
元論文
The challenges of defining hormesis in epidemiological studies: The case of radiation hormesis
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.166030
自然放射線遮蔽による細胞増殖の低下(日本放射線影響学会第49回大会)
https://doi.org/10.11513/jrrsabst.2006.0.229.0
ライター
鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。