Netflixで配信中の『極悪女王』が好評だ。同作は、全日本女子プロレス(全女)のヒールたちを”極悪同盟”として束ね、女子プロレスブームを牽引したダンプ松本氏の知られざる姿をドラマ化したもの。ダンプ松本率いる「極悪同盟」の一員として活躍する元女子プロレスラーのブル中野に話を聞いた。
ダンプ松本のヒールっぷりは『極悪女王』以上
──『極悪女王』をご覧になった感想を教えてください。
ブル中野(以下同) 率直にいうと、もっとダンプ松本さんだけを追ったストーリーだと思っていました。
でも、当時人気を博したクラッシュギャルズ(長与千種&ライオネス飛鳥)の葛藤なども描いていて、それらが交錯していく仕立てになっていることに感心しました。
ダンプさんについては本当によく描写されていると感じました。彼女はプロレスへの取り組みは厳しいものの、もともとの性格はとてもまっすぐで優しい方です。その内面が強調されていたのがよかった。
……でも実は彼女の徹底したヒールっぷりは作品以上でした。
たとえばプライベートにおいても、悪役のイメージを損なわないように、近所の人が見ているところではファンからもらった色紙を投げ捨てるなど、嫌われる努力をとことんやった人です。
ダンプさんが本当は心優しい女性だということは、ご家族もあえて周囲に言わなかったのではないでしょうか。
──本作では、ダンプさんが自宅に落書きされたり、ファンレターが届いたと思ったら中にカミソリが入っていたりと、容赦ない描写がありますよね。ヒールを演じていると、実際にアンチから襲われる可能性もなくはないと思いますが、恐怖は感じませんでしたか?
作品に出てくるほとんどのことは現実にあったと思います。私たちヒールは入場すると石を投げられたりしました。
ダンプさんの頭を背後から殴って逃走する人もいる。で、私たちは後輩だから、ダンプさんから「あいつ、捕まえてこい」とか言われて(笑)。
逃したら我々が怒られますから、必死になって捕まえてきてダンプさんのところに差し出す。すると、ダンプさんがそいつをボコボコにしたりして(笑)。
ただ、そういう暴力も徐々になりを潜めて、後半は「ダンプさんの前で一発芸して笑わせろ」とかいってマイルドになっていきましたが。
ヒールも大変でしたが、おそらく入場時に不快な思いをするのはベビーフェイスも同じだったのではないかと思います。
入場のどさくさで胸や局部を触る客も結構いて、新人のときはそれをガードする役割を任されました。結果として、ノーガードになった新人がベタベタ触られるんですけどね。
当時、実際に不良みたいな人たちから日常的にカラまれていましたよ。もし不良に負けたら「弱い」と客にいわれるのは目に見えてるから、全員徹底的に懲らしめました。だから、試合以外でも追加で何試合もしていた感じです(笑)。
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完全なオフは年に2回
──女子プロレスラーを労働者として見たとき、明らかな過重労働を思わせる場面がありますが……。
よくも悪くも“昭和という時代”を象徴するような話ですよね。ほとんどの人が中学を卒業してすぐに入門するから、「世の中ってこういうものだ」と思って、がむしゃらにやっていた側面もあるでしょう。
それから、当時は全女(全日本女子プロレス)しかプロレスをやる場所はないので、やりたかったら食らいつくしかなかったんですよね。
私個人でいえば、年に2日程度しか完全なオフはなかったと記憶しています。おそらくほとんどのレスラーがそうだったと思います。
──本編でも描かれていますが、地方巡業が多いからこそレスラーとしての仕事も幅が広がったのでしょうか?
そうですね。興行には、その地方ごとに“顔役”みたいなプロモーターたちがいて、接待をしてくださるんですね。
顔役の方々はみなさん羽振りがいいので、「これを飲んだら〇十万やるぞ」なんていって。「1日のプロレスの収入より高いじゃん」とか内心思いました(笑)。
実は全然お酒が強くなかったのですが、吐きながら飲むうちにどんどん飲めるようになって、最終的に720mLの焼酎を3本空ける酒豪になっていました。
ただ、当時はあまり意識したことはなかったけど、健康は大切ですね。2020年に肝硬変で入院して以来、そのことは痛切に感じます。
──『極悪女王』にも、ダンプさんが宣伝カーを運転するなど、レスラーも駆り出されていろいろな仕事をする場面が描かれていますね。
ダンプさんの全てにおいてひたむきな姿勢をみてきたからこそ、会社もヒールを束ねる役目を任せたのだと思います。
これまでベビーフェイスの引き立て役とみられていたヒールの地位を向上させ、世間から本気で憎まれて社会現象になるほどの旋風を巻き起こしたことは、ダンプさんの疑いようのない功績ですから。
に続く
取材・文/黒島暁生 撮影/杉山慶伍