今季途中にウイリアムズからF1デビューを飾ったフランコ・コラピントの自信に満ちたパフォーマンスはF1パドックを驚かせただけでなく、母国アルゼンチンでの次なるヒーローの渇望を呼び覚ました。
アルゼンチンほど“スポーツ狂”の国はないと言って過言ではないだろう。サッカーのFIFAワールドカップで国民的スターのリオネル・メッシが代表チームのキャプテンを務め、ついに優勝した後の首都ブエノスアイレスに500万人もの群衆が押し寄せた光景を見返せば、それも想像に易い。
また2020年にメッシの偉大な先輩であるディエゴ・マラドーナがこの世を去った時、アルゼンチン政府は3日間の喪に服すことを宣言。COVID-19の世界的大流行の最中、南米全土から敬意を表するためにファンが集結し、大集会が行なわれた。
ただアルゼンチンは何年にもわたる経済衰退に悩まされている。この夏にはインフレ率が250%まで急上昇し、人口4600万人のうち52.9%が貧困にあえいでいると推定されている。
この不況により昨年、右派の自由主義者で知られるハビエル・ミレイが大統領に選出。アルゼンチンに440億ドル(約6兆5417億円)もの融資を行なう国際通貨基金(IMF)の監視の下、経済立て直しのため、急進的な規制緩和政策を打ち出した。
アルゼンチン経済が低迷する中、国民は自国を誇りに思える新たな理由を見出すことを切望している。こうした習慣には、「成功への過度な熱望、または第三者による達成への過度な評価」を意味する“Extismo”という単語さえあるほどだ。
メッシはアルゼンチン代表チームを率いて2022年にカタール・ドーハで悲願のワールドカップ制覇を果たし、その成功への熱望に見事応えた。世界最大の舞台での成功以上に、国家の士気を高める手段があるだろうか? しかし37歳になったメッシのキャリアは夕暮れ時を迎えている。アルゼンチンはホッケーやラグビーの代表チームにも熱烈な応援を送っているが、困難な時期にスポーツの面から自国を鼓舞する次なるヒーローを常に求めている。
自国をワールドカップ制覇に導くことと、ウイリアムズで8位入賞することの間に隔たりがあることは言うまでもないが、21歳のコラピントは今、NBAのスター選手であったマヌ・ジノビリやテニス選手のガブリエラ・サバティーニ、フィールドホッケーの伝説的選手であるルシアナ・アイマールらも支えた祖国からの支援の波に乗っている。
アルゼンチンには長いF1の歴史があり、1953年から1998年までの間、ブエノスアイレスでは断続的にグランプリが開催された。そのうち4回はアルゼンチン出身のF1スーパースター、ファン-マヌエル・ファンジオが制し、1981年にはカルロス・ロイテマンがアルゼンチン出身ドライバーとして最後のグランプリ勝利を挙げた。
しかし2000年〜2001年にガストン・マッツァカーネがF1に参戦してから、コラピントが今年9月のイタリアGPでF1にウイリアムズから参戦するまで、アルゼンチンのレースファンは母国のグランプリドライバーの誕生を23年待たなければならなかった。
不振が続いたローガン・サージェントの後任として大抜擢されたコラピント。彼の予期せぬF1昇格は母国でも既に話題になっていたが、その力強いパフォーマンスはさらに大きな話題を呼んだ。
TV視聴者とソーシャルメディアの数字はここ数週間で急上昇し、中継を行なうFOX Sports Argentinaの視聴者数はコラピントの登場以来3倍となった。
FOXはアルゼンチンでF1を視聴する手段のひとつに過ぎないが、シンガポールGPではさらに大きなピークを迎え、日曜朝にも関わらずゴールデンタイムに匹敵する約60万人の視聴者を集めた。
地元紙ではコラピントの一挙手一投足にスポットライトを当てた記事が数多く掲載され、ジャーナリストたちは大都市ブエノスアイレス郊外にあるコラピントの生まれ故郷ピラールまでその痕跡を追いかけている。
アルゼンチンではF1のパブリックビューイングが開催され、F1がアメリカラウンドへと向かえば、日曜日の昼時にグランプリをライブで観戦することができ、視聴者数はさらに増えるはずだ。
また幸運にも旅に出ることができる人たちは、間近でコラピントを見ようとブラジル・サンパウロGPを観戦しようとしている。ただ、その観戦チケットはほぼ完売となっている。
「母国から多くのサポートを受けることができてとても嬉しいよ」
シンガポールでの独占インタビューでコラピントはmotorsport.comにそう語った。
「とても特別なことだし、ウイリアムズのチームとしていい結果を出せていることを、みんなが喜んでくれるのを見るのは嬉しい」
「ブラジルに行くのが本当に楽しみだ。僕にとって特別な場所だ。アルゼンチン出身の僕にとってはほぼホームレースだから、沢山のファンが来てくれるはずだ」
アルゼンチン企業は好機と見て、コラピントのF1参戦が発表されたわずか数日後に、メルカド・リブレとグローバントがウイリアムズのスポンサーに加わった。
「本当に誇りに思う」とコラピントは続けた。
「正直なところ、僕がウイリアムズでF1に参戦するとチームが発表して以来、非常に多くの企業がやって来た。もっと多くの企業が来てくれるといいな。そうなれば素晴らしいことだ」
「グローバントは僕がFIA F2に参戦するのを助けてくれた最初の企業のひとつで、彼らがF1マシンにも掲出されるのは嬉しい。メルカド・リブレは南米で最も大きな企業のひとつだし、とても嬉しい。とても感謝している」
急上昇する国民の期待に応えられるか?
アルゼンチン政府もまた、コラピントの鮮烈なF1デビューに便乗するチャンスをいち早く察知。ダニエル・サイオリ観光相はアルゼンチンGPの復活計画を発表した。
「私はハビエル・ミレイ大統領とF1誘致について話をした。私が何とかするつもりだ」とサイオリ観光相は国際観光連盟主催のイベントでそう語った。
「間違いなく、我が国にF1を誘致するための話し合いは既に進められている」
アルゼンチンでのグランプリ復活はしばしば夢物語と考えられてきた。しかしサイオリ観光相の代表団はサンパウロGPに足を運び、F1と検討協議を行なう予定だ。
国内の経済状況や、現在のF1誘致の世界的な需要の高さを考えると、アルゼンチンGP復活は激しい競争にさらされ、民間の資金に頼らざるを得ないだろう。
ウイリアムズが来季はアレクサンダー・アルボンとカルロス・サインツJr.というふたりのドライバーを構えると既に発表しているため、コラピントのF1参戦は現状2024年限り。長期的なF1での将来が確約されていないことを考えると、サイオリ観光相の主張は政治的な影響力を追い求めるモノだとの見方もある。
ウイリアムズが今後数年間、コラピントをザウバーに貸し出すなどF1キャリアが軌道に乗れば、彼を取り巻く熱狂の渦は時間と共にますます大きくなるだろう。コラピントにとってもウイリアムズにとっても、状況が上手く進んでいる限りはプラスに働くが、チームやコース上でライバルとの関係が悪化した場合には懸念もある。
今年初め、ザウバー育成ドライバーでインディカーに参戦していたテオ・プルシェールは、デトロイトGPでアルゼンチン出身のアウグスティン・カナピーノと接触し、ソーシャルメディア上で殺害予告を受けた。
カナピーノはツーリングカーで名を馳せ、所属するフンコス・ホリンジャー・レーシングもアルゼンチンからの資金注入を受けており、アルゼンチンからの関心が高まっていた中での接触だった。2023年にはカラム・アイロットも同様の出来事に巻き込まれた。
幸い、インディカーでの出来事はごく少数のファンによるモノ。予期せぬF1デビューながらも地に足をつけて課題をこなし、大きなサポートを受けるコラピントは、新たに得た名声が何をもたらすにしても、それに対処する術を備えているように見える。
コラピントにとってグランプリ勝利はまだ遠い夢だが、少なくとも自身の誇りである母国アルゼンチンが、笑顔になる理由のひとつを見つけたことは間違いない。