MotoGPに参戦する新興チーム、トラックハウス・レーシングのチーム代表を務めているダビデ・ブリビオ。かつてヤマハやスズキといった日本メーカーでも働いていた彼に、MotoGP日本GPで独占インタビューを実施。インディペンデントチームとファクトリーチームの違い、F1での経験、そして2025年に加入する小椋藍など、様々な話題について尋ねた。
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1.今シーズンについて
──2024年シーズンは終盤戦とはいえ、日本GPを入れてまだ5戦を残しています。現状で結論めいたことを訊ねるのは時期尚早かもしれませんが、ここまでのチームとライダーのパフォーマンスはどう見ていますか。
「我々トラックハウスレーシングは、経験豊富なスタッフがたくさんいるものの、MotoGPチームとしては新興組織です。新しいチームなので、MotoGPについて学び、理解を進めている途上にあります。
シーズンのスタートは、まずまずだったと思います。しかし、正直なことをいえば、最近は少しパフォーマンスが落ちているかもしれません。ここ数戦はもうちょっといい成績を収めることができていたかもしれないと思うので、これからの残り5戦で調子を取り戻していかなければならないと考えています。
シーズン序盤は、ドゥカティ勢に対してそれなりに迫ってゆくこともできました。挑戦者としての走りもできていたように思いますが、今は少し波があります。調子の波というものは誰にもあるものですが、我々はどのサーキット、どの会場でもパフォーマンス面でもう少し安定するようにしなければなりません。現状では、ある会場では良くても別の場所に行くと苦戦するので、もっとバランスよくすることが必要ですね」
──インドネシアGPで負傷したミゲル・オリベイラ選手は、いつごろ復帰できそうですか。次戦のフィリップアイランド(オーストラリアGP)には戻ってこられそうでしょうか。
「どうでしょうか。今週の月曜に手術をして、現在は回復に専念しているところです。ミゲルとは常に連絡を取り合っているので、今週と来週の回復度によるでしょうね。その様子を見て、フィリップアイランドで復帰できるかどうかを決めたいと考えています。そういう状態なので、まだなんともいえない、というのが正直なところです」
2.F1時代の経験
──ブリビオさんはF1のアルピーヌで数年陣頭指揮を執った後、今年から再びMotoGPに復帰しました。このパドックの居心地はどうですか? (※編注 アルピーヌF1ではレーシングディレクターや若手ドライバープログラムを担った)。
「私はMotoGPで長年過ごしてきたので、もちろん非常に居心地が良いですよ。ここでキャリアを積み重ねてきたので、知っている人ばかりですからね。F1に移ったときはどこを向いても知らない人たちで、身の回りの環境も含めて何もかもが新鮮でした。MotoGPとF1はいろんな面で異なっていますが、どちらのほうが落ち着くのか敢えていうとすれば、それはやはりMotoGPです。とはいえ、F1時代も自分には非常に意義深く、様々なことを経験できたことはとても良かったと思います」
──F1時代を懐かしく感じることはありますか?
「F1は組織そのものが巨大で、様々なリソースが豊富に揃っています。関わる人々の数や技術が、とにかく桁違いです。その意味で、F1はとても興味深い世界だといえるでしょう。ただ、私はF1もMotoGPもモトクロスもラリーも、ありとあらゆるモータースポーツを愛しているので、良い経験になりました。今はF1を観戦していても昔より様々なことがわかるので、より深く楽しめます。でも、やっぱり自分がハッピーになるのはMotoGPなんですよ」
──MotoGPとF1はいろんな点で異なる、というお話ですが、レーシングチームをマネージメントすることに関して、このふたつの競技で最も異なるのはどういう点でしょうか。
「何につけてもリソースが豊富だ、とさきほど言いましたが、これは要するにビジネスの側面も大きい、ということです。つまり、組織が大きくなればなるほど、関係してくる人々の数も多くなるわけで、組織がより複雑化して、スポーツの側面はもちろんですがビジネスの側面が巨大になって重要化し、そこにかなりの労力が必要になってくるわけです。MotoGPでは、スポーツの側面と比較すると、ビジネスの側面はそこまで大きくありません。
F1とMotoGPは競技の特性がかなり異なっていますが、MotoGPの場合は二輪メーカーが競技を支えており、ホンダもヤマハもドゥカティもアプリリアも、活動予算の大半はメーカーから来ています。メーカーのマーケティングや宣伝予算ですね。もちろんスポンサーに支えられている面もありますが、予算全体に占める割合はそれほど高くないでしょう。もちろんそこは企業によって異なるでしょうし、ドゥカティやホンダ、ヤマハの事情は知りませんが、おそらくスポンサーが支えているのは活動全体の15パーセントから25パーセント程度なのではないでしょうか。F1の場合はチームが商業として成立しているので、スポンサーから事業予算を集める必要があります。だからF1ではビジネスの側面が重要で、発展もしてきたのです。MotoGPの場合は、二輪メーカーに依存している割合が大きいですよね。5メーカーがマーケティング予算などから多かれ少なかれ費用を捻出し、さらに6つのインディペンデントチームもあります。
だから、競技のあり方はかなり異なっていて、結果的にチームのマネージメント方法もだいぶ違ってくる、というわけです」
──ブリビオさんがF1のチームマネージャーとして経験したことは、現在のトラックハウスレーシングでのチームマネージメントに役立っていますか?
「どうでしょうか。MotoGPには優れたチームマネージャーがたくさんいて、そのなかで私が秀でているわけではありませんよ」
──そうはおっしゃいますが、ブリビオさんはまちがいなくこのパドックで最も経験豊富なチームマネージャーのひとりだと思いますよ。
「いやいや。F1での経験は、何かを発想したり工夫したりする面での役に立っているかもしれません。人生で無駄な経験というものはありませんからね。同時に、自分が経験してきたことを最大限に活かすこともまた、必要です。だから、F1で経験したことはきっと自分の役に立っているのでしょう。いわば、三年間の大学院生活を経て現場に復帰したようなものですね」
──とびぬけて優れたマネージャーではない、と自分では言っても、ヤマハでチャンピオンを獲得し、スズキでもチャンピオンを獲得しているので、パドックでは優秀なマネージャーだと見なされていると思います。
「それでも、自分が優秀なマネージャーだとは思いませんよ。チームで皆と一緒に仕事をしているときに、そのチームに関わってくれた人々の力で結果を摑み取ったのであって、私ひとりの力で成し遂げたわけではないのですから。ヤマハのような大きな組織で仕事をして、そこで皆と一緒にチャンピオンを獲得できたことはとても幸せなことだと思います。そしてその後に、スズキで仕事をするという幸運にも恵まれました。優れた技術者や優れたライダー、優れたチームスタッフたちに囲まれて、仕事をしてきました。皆の力で、結果を獲得したのです。
私はそのときにたまたま、チームマネージャーというポジションにいたにすぎません。勝つときも負けるときも、チームの皆と一緒です。自分が成し遂げてきたことには満足しているし、ハッピーだとも思います。そしてこれからは、次の目標に向かって進んでいこうと思います」
3.インディペンデントチームとファクトリーチーム
──ヤマハでチャンピオンになり、スズキでもチャンピオンになりましたが、それはいずれもファクトリーチームでしたよね。現在のブリビオさんはインディペンデントチームのマネージャーですが、不便さや難しさを感じることはありますか?
「インディペンデントチームは、もちろんいろんな面で異なっています。ファクトリーチームの場合は使えるリソースが豊富で予算も潤沢にあり、メーカーの関心に沿うために仕事をすることになります。つまり、ブランドや製品の周知や宣伝ですね。インディペンデントチームの場合は、いわば事業としてのレース活動で、費用はスポンサーから賄うことになります。だから、同じスポーツで同じレースをしていても、アプローチのしかたが異なっているわけです。
ファクトリーの場合は、技術と製品は密接に繋がっています。高い技術がブランドの宣伝になり、量産車のイメージアップになるわけですから。そこが最も重要なところで、ホンダもヤマハもドゥカティも勝つことがブランドイメージの向上になるわけです。インディペンデントチームの場合は、チームとしての持続可能性を高め、パートナーを探して予算をカバーしていかなければなりません。勝ちたいと思う気持ちは皆同じですが、アプローチが異なると言ったのは、つまりそういうことです」
──では、インディペンデントチームであることの強みとは何でしょうか。
「組織がシンプルで意思決定が早いこと、でしょうか。方向性を決める場合でも、即断即決です。たとえば、ライダーを決めることにしてもね。
ファクトリーチームの場合だと、ミーティングの数も意思決定に関わる人数も大きくなりがちです。インディペンデントチームの場合は、2、3人で話し合ってその場で決めることもできます。そこがインディペンデントチームの長所でしょうね。とはいえ、ものごとには何でも長所と短所があるものですけれども」
──特に日本メーカーの場合は、意思決定も時間がかかりがちですね。
「そうですね。日本メーカーはちょっと独特ですね」
──そんなことをたくさん経験してきたでしょうし。
「まあね。でも、日本企業の仕事の進め方は素晴らしいと思うんですよ。たしかにあれこれと複雑で時間もかかるし何度も会議を重ねるので、10月に向けて何かをしようと思ったら3月か4月頃から動き出す必要があります。でも、そうすることによって熟慮を重ねて物事を進めてゆくわけです。インディペンデントチームの場合は、即座に物事を決めることができるのですが、でも、私は日本的な進め方が好きだし、とても良いと思います。私自身、日本の人たちからたくさんのことを学んできました」
──ファクトリーチームとインディペンデントチームの比較でいえば、MotoGPの歴史ではファクトリーチームがずっと優越してきました。ところが今年は、インディペンデントチーム所属のホルヘ・マルティン選手がランキングの首位につけています。彼がチャンピオンシップをリードしているのはなぜだと思いますか。ドゥカティの最新バイクが卓越しているからでしょうか。あるいは、ファクトリーとインディペンデントチームのパワーバランスが、何か変わりつつあるのでしょうか。
「インディペンデントチームがファクトリーと互角に戦っているという現状は、多くのインディペンデントチームに勇気を与えてくれますよね。ホルヘ・マルティン選手の場合は、ドゥカティが技術的に最大のサポートをして、ファクトリーライダーと同等に遇していることも一因でしょう。ただ、マルティン選手は非常に強い選手なので、どのチームにいたとしてもきっとファクトリーチームの選手と互角に戦っていたと思います。バニャイヤ選手と同等に良いバイクで、チームには優秀な技術者がおり、その意味ではファクトリーチームにかなり近い実力を持ったチームといえるでしょうね。
将来に向けてさらに頼もしいと思えるのは、たとえば10年前や5年前なら、インディペンデントチームはメーカーからバイクをリースして自前で走らせる、文字どおり独立独歩のチームでした。メーカーからチームにやってくる技術者は数えるほどで、万事滞りなく物事が進んでいるか確認する程度の仕事で、インディペンデントチームは一から十まで自分たちでやっていかなければなりませんでした。
ところがここ3、4年ほどは、おそらくドゥカティがその方向性を押し進めたということなのだと思いますが、メーカーがインディペンデントチームにかなり深く関わるようになってきました。ヤマハも、来年はプラマックを陣中に引き入れてその方向に進んでいくようです。いわば、4人体制のチームといっていい状態になるわけですね。我々もまた、アプリリアから手厚いサポートを得ています。ホンダも同様でしょう。KTMの場合はなおさら、来年は同じカラーリングの4台のバイク、といった状況になるようです。
今後は、メーカーがインディペンデントチームをより手厚くサポートする方向が、さらに進んでいってほしいと思います。ファクトリーチームとインディペンデントチームが拮抗することで、どのチームも互角に戦い勝つことができるような時代になってゆくのが、私の夢です。チームの差がなくなって11チームが同じレベルで競いあうことになるのは、MotoGPにとっても素晴らしいことだと思います」
4.新加入!小椋藍にかける期待
──来シーズンは、トラックハウス・レーシングに小椋藍選手が加入します。デビューシーズンはどのくらいの成績を期待しますか?
「もちろん期待はしていますが、ルーキーシーズンには学ぶべきことがたくさんあります。MotoGPそのものへの理解やアプリリアのMotoGPバイクの乗り方、セットアップの進め方やピット作業、技術者たちとのコミュニケーション等々……、なにもかもがMoto2とは違います。肉体的にも苛酷なので今まで以上のトレーニングも必要で、近年のMotoGPで大きな発展を遂げているエアロダイナミクスもMoto2にはない技術で、ライディングの習得が必要です。
というふうに、学ぶべきことがじつにたくさんあるので、最初の年は学校に通うような感覚で、まずはMotoGPのライディングを楽しんでもらいたいと思います」
──小椋選手は現在、Moto2でランキング首位につけています。チャンピオンを獲得すると思いますか?
「それはもちろん、獲ってほしいですね。この調子で行けば、可能性も充分にあると思います。ただ、シーズンはまだ5戦もあって何があっても不思議ではないので、集中力を切らさずにしっかりと戦っていくことが大切です。ただ、私が言うまでもなく高い集中力を維持して戦っていると思うので、シーズン最終戦バレンシアGP後の月曜日から、MotoGPについて彼と一緒に話をしていくことになるでしょうね」
──ブリビオさんは覚えていないかもしれませんが、スズキMotoGP時代にチーム運営の展望について話を伺ったとき、「時間はかかるけれども若いライダーを育成して強いチームに仕立てていく」と話していました。そして2020年に見事に達成したわけですが、今のチームでもラウル・フェルナンデス選手と小椋選手というラインナップで同じビジョンを持っているのでしょうか。
「ラウルは来年24歳(2000年10月生まれ)で、4年目のMotoGPシーズンを迎えます。次世代を担うライダーのひとりですね。藍はラウルより1年若く(2001年1月生まれ)、来シーズンからルーキーとして参戦します。ふたりの若い選手たちが成長し、やがてMotoGPのトップライダーとして活躍してくれることを我々は楽しみにしています。そして先ほども言ったように、インディペンデントチームの力がファクトリーとますます拮抗するようになれば、選手たちはさらに成長してくれるでしょう。そうやってライバルたちと互角に戦えるようなチームになりたいと思います」
5.スズキに対する想い
──これは、純粋に〈たら・れば〉の質問なのですが、もしもスズキが2022年末で撤退せず、今もMotoGPのパドックに残っていたとしたら、今ごろは他の日本メーカー、ホンダやヤマハと同じように苦戦を強いられていたでしょうか。あるいは、ドゥカティ、アプリリア、KTMのヨーロッパ勢と互角に戦っていたと思いますか?
「いい質問ですね。じつは私もときどき、ふとそんなことを考えるときがあるんですよ。でも、きっとホンダやヤマハよりも善戦していたんじゃないかと思います。というのも、今のホンダやヤマハが努力していることを、スズキはすでにその数年前に着手していましたから。ヨーロッパメーカーがサーキットでやっている組織作りを、すでに進めていたんです。2015年から技術者たちを現場へ投入し、その1、2年後には〈パフォーマンスチーム〉を始動させました。だから、レースの現場ではホンダやヤマハよりもスズキは取り組み方が先進的だったんです。もちろんエアロダイナミクスについては改善の余地がまだまだあったと思いますが、それ以外の分野ではかなり互角に戦えていたでしょう。それだけに、スズキが撤退してしまったのは本当に残念です。返すがえすも、惜しいですね……」