「出てきて、悪いことをしちゃってました」
渋谷駅を出てミヤシタパークの屋上まで上がり、ベンチを見つけて腰をおろした。
「よく来てくれたね。遠かった?」
高坂くんがワタルに話しかけた。
「はい。あ、いえ、はい」
ワタルは正直に答えてしまった後に、気を使うところだったと思ったのか、曖昧に返答した。ワタルの人のよさと子どものような一面だ。
「気を使わずにしゃべっていいんだよ。その方が嬉しいよ」
私がそう声をかけると、ワタルはうなずきながら笑顔になった。
「家から駅までの足がなくて、後輩に送ってもらいました」
「免許のある後輩か?」
と私が笑いながら突っ込むと、みんなも笑い、撮影のときのなごやかな雰囲気を思い出した。
「いまのバイクのケツに乗る話もそうだけどさ、出てから犯罪をしてしまうことあったん?」
高坂くんの言葉に、ワタルは高坂くんをチラリと見た後に、「はい」と答えた。
一歩離れて見ていた私の場所からは、暗くてワタルの表情は見えないが、うなずいて答えているのがわかる。
「出てきて2週間は、悪いことをしちゃってました」
「わ、わ、悪いことしよったん?」
ワタルの言葉に驚き、高坂くんはあわてた様子で聞き返した。
出てから2週間後に悪いことをしてしまったのではなく、出てからすぐ犯罪をしてしまったということだ。少年院での誓いは一瞬で消えたということか。
「いまは頑張れてます!」
ワタルもあわててそうつけ足した。
「どんなことしちゃったん?」
「大麻とか、暴走行為とか、無免とかです」
ワタルは出てからすぐに犯罪をしていた。少年院では社会が不安といい、地元の友達との関係性を心配していたが、その不安や心配とは社会に受け入れてもらえるかどうかだったのか。それとも悪い友達に受け入れてもらえるかどうか、ということだったのか。
環境と意思だったら、環境の方が強い――。
少年院の先生が言っていたことを思い出す。先生の言うように、環境に流されてしまったのか。
(広告の後にも続きます)
ワタルの心のブレーキを増やしたい
「ワタル、質問していい?」
ワタルが私の方を見てうなずく。
「なんで、この映画の取材を受けることにしたの?」
「自分の心のブレーキになると思ったからです」
ワタルは少年院の少年たちにインタビューする映画『記憶2』の主旨を理解し、そのうえで協力することを決めた。そして、それが心のブレーキになると思ったと言っている。その気持ちはよくわかった。
心の中にある善と悪。善とつながることで、戻れる綱が保てる。仮退院後、ワタルは犯罪をしたけれど、どこかで戻りたい気持ちがあったから、いまこうして私たちと会っているのだと思った。
「悪いことしちゃっててさ、お母さん泣いてたでしょ」
「はい……」
母の涙を見て、ワタルはどう思ったのだろう。
「いまは、どうにか仕事もつづいていて、頑張ってます」
仕事は荷物の仕分けをしているという。夜勤もあるが比較的時間の融通もきき、自分のペースに合わせてシフトを組める。これまで仕事が長続きしなかったが、今回は少しずつお金も貯められていると言っていた。
社会に戻り、「セカンドチャンス!」や私に連絡をする子のほとんどは、「頑張れている子」であり、「頑張れていない子」は連絡をしてこない。「頑張れていない自分」を知られたくないのが理由のようだ。
ワタルも今日、この日に会う約束をするまで、会えない自分だったのかなと思った。今日、社会でつながれたことを大事にしたいと思った。
ワタルの心のブレーキをもっともっと増やしていきたい。
その後、屋上から1階にある飲食街「渋谷横町」に移動し、ワタルの出院をみんなで乾杯し、好きなものをお腹いっぱい食べた。
高坂くんはワタルと交わした「今度は社会で美味しいものを食べようね」という約束を守ることができて、嬉しそうだった。
「僕は少年院で出会った子と社会でお酒を飲めることが楽しみなんだ。ワタルが20歳になったらお酒を一緒に飲みたいよ」
20歳まであと1年くらいだ。それほど遠くない未来の約束。先の約束があるっていいな、と2人の会話を聞いていてそう思った。
しかし、次にワタルに再会したのは、想像していなかった場所だった。