見た目からは想像できないどう猛さ
その日に回収依頼があったのは、前述の巨峰農家とは別のブドウ園と、里山や畑のそばにある民家が3軒。
最初のブドウ園では40センチほどのアライグマが、金属製のオリの罠の中でせわしなく動き回っていた。Aさんが軽トラに乗せるため罠を持とうとすると、中から長い爪のある手を伸ばして攻撃してくる。
「かわいくて甘えた声も出すんですが、見た目と全然違ってどう猛。気をつけないと指でもなんでも食いちぎられちゃう」とAさん。
「あらいぐまラスカル」を見て飼い始め、手に負えなくなったとたんに飼育を投げ出して山に捨てた人間のほうが悪いのだが、このどう猛さが飼育放棄の原因の一つと言われている。
ブドウ園で働く男性は「今年ここで捕まったのは3頭目か4頭目です。以前は昼間から親子で悠々と歩いていましたが、今はそんなことはないので罠の効果はありそうです」と話す。
次に向かった2軒目でも、罠にかかったのは今年2頭目だと住民の男性(74)は話した。「去年は5頭。屋根裏で音がするので罠を置いたら入っていた。去年は庭先のトウモロコシが10本全部やられたよ」と男性は言う。
坂東市は昨年度、アライグマによってトウモロコシは約132万円、ブドウは約39万円の被害が出たと算定しているが、これらは商品作物に限られ、男性のような家庭菜園の被害は含まれていない。
市農業政策課の担当者は「昨年に続き、今年も捕獲数は700頭を超えそうです。これだけ獲れば減ってもいいようなものなのに、増えていくんです。どれだけ獲れば減るのかわからない」と漏らした。
捕まったアライグマは安楽死させるしかない。狩猟経験が長いAさんは「命を取ったら食べてやるのが供養ですけど、これ(アライグマ)はちょっと食べると聞いたこともないし…。生まれてこなければ駆除することもないんだけんどね…」と、その強すぎる繁殖力を嘆いた。
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食品ゴミが豊富な都心部でも急増中
この増加傾向がみられるのは農業地帯だけではない。なんでも食べるため、食品ゴミが豊富にある都会、中でも東京都心部でアライグマがどんどん増えている気配があるのだ。
環境省による全国の捕獲数は2020年度までしか公表されていないが、東京都によると、同年度に828頭だった都内での捕獲数は2023年度には1223頭と、47%も増えているのだ。
この中でも2013年度はゼロだった東京23区内では、2022年に苦情を受けて行政が駆除した「防除捕獲」が110頭に、2023年には149頭と急増した。
東京都は2022年度に策定した防除実施計画で、「多摩地区の丘陵地を中心に増加を続けてきたが、(従来)生息が知られていなかった区部東部でも捕獲されるようになり、生息域は拡大した」と分析している。
生息する個体数の把握はできないという東京都環境局の担当者は「世田谷などの住宅地でも増えている印象がある。(西部の多摩地域から)玉川上水の緑地帯を伝わって区部に入ってきている可能性がある」と話す。
東京東部でも変化が起きている。養殖されている金魚が食べられる被害も出た荒川区の荒川保健所によると、同区では昨年度33頭のアライグマが捕獲されたが、今年度は4~9月の間にすでに34頭が捕まっている。
「昨年から急に増えた気がします。そのため、区では昨年10月から対策を強化しました。具体的には、要望に応じ屋外設置用の箱罠を貸し出していたのを、屋内にも設置できるようにしました。家の屋根裏などに棲みつく事例が目立っているからです。さらに、捕獲した家に二度とアライグマが入れないよう、侵入口を塞ぐ工事にも補助金を出しています」
そう話す保健所の担当者は「繁殖力が強く、捕まえても捕まえても追いつかない、ということがあるかもしれない」と、坂東市の担当者と同じような懸念を口にした。
アライグマで問題になるのは、狂犬病やジステンパーなどの恐ろしい感染症の病原体を持ち歩いている恐れがあるうえに、咬んだりひっかいたりしてくる可能性もあることだ。
昔はよく見られた野良犬のように、住宅地を野良アライグマがウロウロする光景が広がる日が来るのだろうか…。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班