オスマウスの皮膚を卵子に変換して受精させ子供を作ることに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

未来では同性間の子供が普通になるかもしれません。

九州大学で行われた研究により、iPS細胞技術を用いてオスマウスの皮膚から卵子を作り、これを受精させて7匹の赤ちゃんマウスを誕生させることに成功しました。

新たに生まれた赤ちゃんマウスは代理母の子宮を借りて生まれてきましたが、遺伝的な意味での母親は存在せず、卵子の元となる皮膚を提供した父マウスと精子を提供した父マウスの2匹だけが存在します。

しかし、オスの細胞から卵子を作るにはY染色体を取り除く必要があり、これが非常に困難だと考えられていました。

一体今回の研究はどうやってオスマウスの細胞から、卵子を作ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年3月8日にロンドンで開催された『第 3 回ヒトゲノム編集に関する国際サミット』にて発表され、論文は現在『Nature』に提出中となっています。

目次

オスマウスの皮膚を卵子に変換して受精させ子供を作ることに成功!

オスマウスの皮膚を卵子に変換して受精させ子供を作ることに成功!


オスマウスの皮膚を卵子に変換して受精させ子供を作ることに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

近年のiPS細胞技術の進歩は目覚ましく、皮膚などの体の細胞をリプログラムすることで、体のあらゆる種類の細胞を作り出すことが可能になっています。

この「可能」の範囲には、精子や卵子の細胞も含まれており、皮膚細胞から精子や卵子を製造することも可能だと考えられています。

実際、2016年に行われた研究では、メスマウスの皮膚細胞をリプログラムすることで卵子を作り出すことに成功しています。

しかしオスマウスの皮膚から卵子を作るにはY染色体を上手く排除する必要があり、実現には長い時間がかかると考えられていました。

しかし九州大学の研究者たちにより、極めてシンプルな方法で実現することになります。

新たな技術の基礎となったのは、Y染色体の不安定さでした。

マウスのオスも人間の男性と同じく、性染色体はXとYが1本ずつ存在しています。

しかしY染色体は細胞が生存するだけならば必要ありません。

(※実際メスマウスも人間の女性もY染色体などなくても生物として健康に過ごせています)

そのためオスマウスの細胞を実験皿で増殖させていると、たまにY染色体をコピーし損ねて、X染色体が1本しかない細胞がうまれることがあるのです。

そこで研究者たちはオスマウスの皮膚から万能性を持つiPS細胞(幹細胞)を作成し、増殖させながら自然にY染色体を「落とした」ものを選び出しました。

この方法を使うことで、卵子作成に邪魔になるY染色体を排除することが可能になります。

次に研究者たちはY染色体を落としてしまった幹細胞に操作を行い、細胞分裂後に一部の細胞がX染色体を2本持つように誘導しました。

するとオスの幹細胞(XY)ではなくメスの幹細胞(XX)と言える状態になります。

続いて研究者たちはメス化したオスの幹細胞(XX)に卵細胞に変化するように操作を行いました。

この操作の基礎となったのは2021年に同じ九州大学行われた研究であり、マウスの卵巣環境を再現することで、幹細胞を人工卵子へと変化させる技術になります。

そして最後に卵子へと変化した元幹細胞たちに、別のオスマウスから採取した精子を注ぎ込み、受精卵を作り出したのです。

実験ではこの方法で600個あまりの受精卵が作成。代理母となるメスマウスの子宮に移植した後、最終的に7匹の健康な赤ちゃんマウスが誕生しました。

簡単に言えば、オスマウスの皮膚から作った卵子と別のオスマウスからとってきた精子をあわせて受精させ、代理母に子宮だけ借りて赤ちゃんを産ませたのです。

一連の過程でメスが必要とされたのは代理母としてのみであり、生まれてきた7匹の赤ちゃんマウスの遺伝子は全て2匹のオスマウスに由来します。

研究者たちはこの技術を人間に応用することができれば、ターナー症候群の女性の不妊を治療できるだけでなく、男性同士のカップルであっても自分たちの遺伝子を均等に受け継いだ子供を持てると述べています。

しかしこの技術は(身も蓋もない言い方をすれば)男性の皮膚を材料に卵子を作る技術です。

そのため、理論的には、卵子の材料として皮膚を提供する男性と、精子を提供する男性が同一人物でも問題ありません。


オス皮膚から作った卵子に同じオスの精子を受精させれば、単為生殖のようにオス1匹で子孫を作れる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

つまり代理母の存在を介することで、男性1人で遺伝的な意味での単為生殖が可能になるのです。

ただ単為生殖を実現する手段としてこの技術を使うことについて、研究者たちは懸念を持っているようです。

理論的に可能であるとしても、安全である保障はなく、倫理的に受け入れられない場合があるからです。

ただ男性の皮膚からも女性の皮膚からも卵子を作れるという事実は、人間の生殖を新たな段階へと押し上げるものになるでしょう。

(※精子については既に皮膚を材料に作ったiPS細胞から製造できることがわかっています)

皮膚から精子や卵子が作れるという事実は、生殖における男女両性の存在を曖昧にするからです。

さらに現在、人工子宮の技術も急速に進展しているため、将来的には子孫の生産に必要なのは培養細胞だけとなる可能性もあります。

もうそうなると、生殖における性の実質的な意味さえ失われるかもしれません。

そうなれば人類にとっての「性別」とは一体何を意味するものになるのでしょう。

参考文献

Healthy Mice Created From 2 Fathers in Radical Gene-Editing Breakthrough
https://www.sciencealert.com/healthy-mice-created-from-2-fathers-in-radical-gene-editing-breakthrough

元論文

Third International Summit on Human Genome Editing in London on 8 March
https://hyoka.ofc.kyushu-u.ac.jp/search/details/K005449/english.html

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。