「定着した悪い記憶」も頭の中で回転させると力が弱まる

2018年に発表された研究では、入院治療中のPTSD患者20名を対象に、週に1回、トラウマ体験を思い出した後、25分間テトリスをプレイする治療セッションを実施しました。期間は5〜10週間でした。

するとこの実験で、参加者が思い出すトラウマ体験のフラッシュバックが、平均して64%減少したのです。20人の参加者のうち16人については、侵入記憶の数も減少していました。

2022年の研究では、COVID-19のパンデミック中に繰り返しトラウマ体験をした、集中治療室のICUスタッフが対象となりました。

この実験では、第4週の時点で、テトリスをプレイした参加者は、プレイしなかった参加者に比べ、トラウマ体験による侵入記憶の数が約10分の1に減少し、全体としてフラッシュバックが73~78%減少しました。

注目すべきは、参加者はただ単にゲームをしただけではないという点です。

ゲーム前にトラウマ体験を思い出す「記憶の活性化」が行われ、ゲーム中にはテトリスのブロックを頭の中で回転させることが求められました。

この手順こそが、効果を高めるうえで重要なのだと言います。つまり、記憶を活性化させたあとに、視覚的負荷の高いタスクを行うことにより、記憶が干渉され、その強度が弱まり、思い返す頻度が減少する可能性があるというわけです。


頭の中でブロックを回転させる指示を受けた参加者の脳画像。視覚空間処理に関与する後頭葉、側頭葉、前頭葉が活性化している。 / Credit: Agren, T., et al. (2021)

現在、ホームズ教授らは、テトリスゲームプレイ中の脳の視覚空間処理に関与する領域を特定する研究に取り組んでいます。

2021年の研究では、テトリスプレイが脳の広範囲にわたる視覚空間処理関連回路を活性化することが明らかにされました。これは、テトリスがトラウマ後の侵入記憶減少の介入手段として有用であることを示唆しています。

将来的には、テトリスが、薬物乱用障害やうつ病などの疾患にも効果的かどうかを研究することが目標とのことです。

もちろん、強いフラッシュバックに悩まされている人には、テトリスではなく医療機関での治療が必要です。

とはいえ、頭から離れない「上司のキツい一言」を振り払いたい場合なら、テトリスが役立つかもしれません。

元論文

Preventing intrusive memories after trauma via a brief intervention involving Tetris computer game play in the emergency department: a proof-of-concept randomized controlled trial – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28348380/

Reducing intrusive memories of trauma using a visuospatial interference intervention with inpatients with posttraumatic stress disorder (PTSD) – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30507232/

Reducing intrusive memories after trauma via an imagery-competing task intervention in COVID-19 intensive care staff: a randomised controlled trial | Translational Psychiatry
https://www.nature.com/articles/s41398-023-02578-0

The neural basis of Tetris gameplay: implicating the role of visuospatial processing | Current Psychology
https://link.springer.com/article/10.1007/s12144-021-02081-z

ライター

鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。