感動の名作ではないものの、観た人の記憶に強烈に残る映画があります。そのひとつが、2004年に劇場公開された実写版『デビルマン』です。もともと実写化は難しいと言われていた原作マンガですが、完成した作品は想像以上にすごい出来でした。多くの観客がスクリーンにツッコミを入れた、実写版『デビルマン』の伝説を振り返ります。
「T-Visual」と銘打ち、画期的な映像になるはずが
実写版『デビルマン』の衝撃シーンは、まだまだ続きます。最大の見せ場となるのは、デビルマンとデーモン族のラスボスである「サタン」が一騎討ちするクライマックスです。「T-Visual」と銘打ち、東映と東映アニメが協力し、実写と特撮とCGを融合させた画期的な映像になることが謳(うた)われていたのですが、デビルマンとサタンとの対決シーンに唖然とさせられました。
それまでの実写シーンが、いきなりアニメーションに変わるのです。韓国で製作された劇場公開作『テコンV90』(1990年)は、ドラマパートは実写で、巨大ロボットの登場シーンはアニメに切り替わっており、初めて観たときは驚きました。それと同じくらいのインパクトが、実写版『デビルマン』にもあったのです。
明の「あー、俺 デーモンになっちゃったよ」というセリフと同じくらい、脱力しきって「あー、俺 実写版『デビルマン』見ちゃったよ」と呟く自分がいることに気づきます。
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自然な演技を見せる、宝石のような存在
では、実写版『デビルマン』は、まったく見るべき要素のない作品なのでしょうか。必ずしもそうだとは言えません。妖鳥シレーヌを演じた冨永愛さんの人間離れした美しさは特筆されます。そして、とても自然な演技を見せている、輝く宝石のようなキャストもいます。両親がデーモンになってしまったススム少年を演じた、染谷将太さんです。当時、染谷さんは12歳でした。
原作マンガでは出番の少ないススム少年ですが、染谷さん演じるススムとミーコ役の渋谷飛鳥さんが「魔女狩り」集団から懸命にサバイバルするシーンは、非常に見応えがあります。このシーンは、脚本の那須真智子さん(那須監督夫人)も、撮影スタッフも熱が入っていることが伝わってきます。
興行的に失敗し、酷評された実写版『デビルマン』の公開からわずか3か月後。2005年2月に、那須監督は肝臓がんで亡くなっています。53歳の若さでした。
リベンジする機会のなかった那須監督ですが、日活時代の後輩にあたる金子修介監督は、藤原竜也さん主演作『デスノート』二部作(2006年)を大ヒットさせ、人気マンガの実写化ブームに火を点けることになります。
金子監督が実写版『デスノート』を成功させた要因に、原作を無理に2時間にまとめずに二部作として公開、CGは死神のデュークなどに限定して使用、原作ファンも納得できるオリジナルの結末、舞台で演技力を磨いた藤原竜也さんや、後に「カメレオン俳優」と呼ばれる松山ケンイチさんら芝居のうまいキャストの起用などが挙げられます。
実写版『デビルマン』での問題点を、那須監督と懇意にしていた金子監督は、見事にクリアしています。また、『デスノート』の直前には、那須監督が病床で準備を進めていた楳図かずお原作のホラー映画『神の左手 悪魔の右手』(2006年)の企画を引き継ぎ、完成させています。金子監督なりの弔い方だったように思います。
過去の実写化映画のなかには、ほとんど話題にもならずに埋もれてしまった作品も少なくありません。その点では、実写版『デビルマン』は、後世に語り継がれる、大いなる失敗作だったと言えるのではないでしょうか。