認知科学の概念「プロジェクション」とは、自分の内的世界を外部の事物に重ね合わせるこころの働きのことである。“推し”の存在に生きる意味を見出すようなポジティブな面がある一方、他者によってこころを操られることで、霊感商法などに利用されてしまうというネガティブな側面もある。
今回はなぜ法外な価格の壺を買わされるような被害が起きるのか、書籍『イマジナリー・ネガティブ』より一部を抜粋・再構成し、そのメカニズムを解説する。
霊感商法の手口とプロジェクション
そもそも霊感商法とは、どのようなプロセスでなされるのでしょうか。霊感商法の首謀者が狙うのは、なにか解決しがたい悩みや不安、トラブルを抱えて苦しんでいる人です。そのような状態がある程度の期間続いていたとしたら、人は精神的に不安定になってしまいます。
大きな悩みや不安がなく、精神的に健康な状態であれば、霊能者や占い師などを訪ねてみようという気持ちにすらならないかもしれません。
しかし、そうではない時、なかには、自然を超えたなにかにすがりたくなる人もいるでしょう。霊感商法の首謀者たちは、そうして近づいてきた対象者の精神的な不安定さを巧妙に利用するのです。
ある程度の規模で組織的な霊感商法を実施するグループのばあい、首謀者と協力者が複数人でチームを組んで対象者を取りこんでいくやり方が多く見られます。
まずは、協力者が対象者と知り合いになり、徐々に交友を深めていきます。親しくなると、何気ない会話のなかで、困りごとや悩みについて水を向けられたら、対象者は協力者につい話してしまうこともあるでしょう。
そこでたとえば、肩こりがひどくてつらい、などと言われたら「たかが肩こりと甘く見てはいけない。もしかしたら大きな病気につながるかもしれない」「実は、すごくいい人を知っているのだけど」と霊能者や占い師を紹介します。
「特殊な力で悪いところを見つけてくれて、肩こりを治してくれる」「人助けが趣味のような人だから、料金はかからない」「お願いする人が多いから、ふだんは何ヶ月も先まで空きはないけれど、今回はキャンセルがあったので特別に会えるチャンス」などと言葉巧みに誘います。
最初はあまり乗り気でなかった対象者も、「この人が熱心に誘ってくれるから」「料金がかからないなら」「せっかくのチャンスなら」まあいいか、というくらいの気持ちで首謀者たちのところへ向かいます。
そうして対象者が自分たちのところへやってきたら、しめたものです。霊能者や占い師は、対象者と初対面であるにもかかわらず、ひどい肩こりに悩まされていることをズバリと言い当てます。
それどころか、家族や仕事のこと、ふだんの行動傾向や好きなことなども、初めて会ったのに、どんどん当ててみせます。当てられた対象者がとても驚いて、この人の特殊な能力はすごい、と思うのも無理はありません。
タネ明かしは簡単です。対象者と親しくなっていた協力者がすでに聞きだしていたさまざまな情報を、事前に霊能者や占い師が把握していたにすぎません。けれど、対象者はそんなことなど夢にも思わないので、まるで上手な手品を見て「これは魔法か?」と驚くような気持ちです。
最初は霊能者や占い師に対して、どうということはない心持ちだった対象者が、この霊能者(や占い師)はすごい人だという意味づけをおこない、目の前の霊能者(や占い師)への気持ちが劇的に変化します。ここで、これまでになかった強いプロジェクションがなされたというわけです。
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あなたが救われる方法がひとつだけある
ここからは、プロジェクションとの関連で、詳細なプロセスを見ていきましょう。目の前の人物には特殊な力があると信じこんだ対象者に、「○○をすれば、すぐに肩こりは治りますよ」とアドバイスをします。
信じている対象者は○○をしてみますが、肩こりは一向に良くなりません。それはあたりまえ、アドバイスはなんの根拠もないインチキなのですから。しかし、あの人はすごい霊能者だ、という強いプロジェクションをしている対象者は、アドバイスがインチキであるとは考えません。
治らないのは、なにかほかの原因があるのではないか、あの人ならそれも教えてくれるかもしれない、と考えます。
そうして再び霊能者や占い師と会うことになったら、いよいよ首謀者たちは本気で対象者をからめとる作業に入ります(先ほどの簡単なアドバイスのプロセスを省略して、初回からこの段階に進むことも多いです)。
不安を抱えたままの対象者に対して、霊能者や占い師は「たしかに原因はほかにある。なんと先祖の悪行が支障をきたしている」「このままではもっとひどいことが起こる」「家族もろとも不幸になる」などと告げます。自分がすごいと信じている霊能者や占い師から、突然そんなことを断言されたらどうでしょうか? おそらくとても動揺してしまうはずです。
もともと精神的に不安定な状態だったところへ、このようなことを「指摘」されたら、言い知れない不安でいてもたってもいられないくらいでしょう。いったい私はどうしたらいいのだろうと、途方に暮れてしまうはずです。
そこへすかさず、首謀者たちの真の働きかけがなされます。「大丈夫、あなたが救われる方法がひとつだけある」と。そうやって提示される方法が、法外な値段で壺や数珠などを購入することなのです。
なぜ自分の不幸がこの壺を買うことで解消されるのか、そこに合理的な説明はまったくありません。けれど、そんなことは問題ではないのです。すごいと信じている人が目の前にある壺について「これには特別な力を授けておいた」と言えば、なんの変哲もない壺に対して、自分の不幸を解消してくれる特別な壺である、というプロジェクションがなされます。
そうなると、その壺は自分にとって特別なものですから、高額の支払いをするだけの「価値」を見いだすことになります。