認知科学の概念「プロジェクション」とは、自分の内的世界を外部の事物に重ね合わせるこころの働きだ。ひとは無意識的に想像上の他者を、目の前にいる他人に投影してしまうという。それによって、必要以上に他人にどう思われているかを考えすぎてしまうのだ。
書籍『イマジナリー・ネガティブ』より一部を抜粋・再構成し、そのメカニズムを解説する。
イマジナリー・アザーズ あの人に嫌われるようなことをしてしまったのかも
私の子どもはたまに「今日は友達と、なんだかうまく話せなかった。もしかしたら、なにかまずいことでもしちゃったのかなあ」などと気に病んでいます。
そういう時は「うんうん、よくあるよね、そう思っちゃうこと」などと言いながら、子どもの話を聞いて、「それはあなたの気のせいなんじゃないの」とか、「たまたま機嫌が悪かったのかもね」「明日になったらまたいつもみたいになってるよ」などと慰めています。
ある時、友人の○○さんのことで深刻に悩んでいるようだったので、しっかり話を聞きました。すると、なにか具体的なトラブルがあって仲がこじれているわけではなく、いつもより冷たく感じるような態度だったので、もしかしたら自分がなにか嫌われるようなことをしてしまったのではないか、でもそれがなんだか全然わからないので考えていてもとてもつらい、というようなことでした。
私は、落ちこむ子どもの背中をさすりながら、あなたに思いあたるようなことがないなら、あなたがいくら考えてもしかたがなくて、どうしても気になるなら直接○○さんに聞くしかない、だって、あなたが考えていることはどうしたってあなたの想像でしかないんだから、それは現実にあった本当のことではないんだよ、などと言っているうちに、はたと気がつきました。
これは、プロジェクションだ、と。子どもは、自分が想像している○○さんの気持ちを、現実の○○さんに投射しているのです。そして、あたかも○○さんが本当にそう思っているかのように、思いこんで悩んでいるのです。
思わず子どもに「それって、あなたのネガティブなプロジェクションなんだよ!」と、興奮気味に先ほどの説明をしたら、「お母さん、またプロジェクション……」というような顔をされましたが(すまん)、「たしかに、そうかも」と憑き物が落ちたように納得していました。
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自分のなかにいるイマジナリーな他者
自分の悩みが、自分が想像したにすぎないものであって、現実には現実の対応があることに気がついたら、少し気持ちが楽になったようです。
自分が想像している○○さんのネガティブな感情は、現実の○○さんのものではないのですから、これはイマジナリーなネガティビティであり、イマジナリーな○○さん(他者)というわけです。
その後、○○さんの態度については、やはり子どもの取り越し苦労であったそうですが、これをきっかけに○○さんとの距離感を変えてみるようにしたところ、うまくつきあえるようになったとのことです。
人とつきあう時には人の気持ちを考えなさい、と私たちは子どもの頃からたたきこまれています。「人の気持ちを考えない人」というのは悪口で使われるフレーズです。たしかに対人関係において、他者の気持ちを考えないとうまくいきません。
しかし、考えすぎてもうまくいかないのです。現実世界に実在する他者と、自分のなかにいるイマジナリーな他者がごちゃごちゃになると、自分で自分を苦しめてしまうことも起こります。
現実世界に実在する他者にとっても、自分が思ってもいないことを思っていると思いこまれてしまったら、はっきりいって迷惑です。他者の気持ちを考えすぎることは、自分のためにも他者のためにも、ほどほどにしたいものです。
このようなことがあって以来、子どもが同じようなことで心配しているような時は、「それって例のイマジナリーでネガティブなプロジェクションだね」と言ってみたり、子ども自身も「なんかまたあれこれ気になっちゃってるんだけど、これってイマネガ(略してる!)だよね」などと言って、肩の力を抜いています。