「クモのように見える尻尾」をもつヘビ / Credit:(左)Wikipedia Commons_Spider-tailed horned viper 、(右)Field Museum of Natural History_Pseudocerastes urarachnoides Bostanchi, Anderson, Kami & Papenfuss, 2006
鳥にとって、地上を無防備に歩くクモは貴重な食料です。
しかし、クモを食べようとしている鳥たちこそが、ある種のヘビにとっては「無防備で」「貴重な食料」なのです。
イランに生息するスパイダーテイルドクサリヘビ(学名:Pseudocerastes urarachnoides)は、本物のクモに見える尻尾を持っており、その尻尾で獲物をひきつけ捕食します。
その尻尾の動きは、まるで釣り人がルアーを小刻みに動かしている時のようです。
ここでは、いくつかの論文から、徐々に明らかになってきたスパイダーテイルドクサリヘビの生態をご紹介します。
目次
イランで「尻尾がクモの形をしている」珍しいヘビが発見される狡猾なヘビは尻尾の「疑似餌」を動かし、空を飛ぶ鳥を捕食する
イランで「尻尾がクモの形をしている」珍しいヘビが発見される
スパイダーテイルドクサリヘビ / Credit:Wikipedia Commons_Spider-tailed horned viper
スパイダーテイルドクサリヘビ(学名:Pseudocerastes urarachnoides)は、ツノメクサリヘビ属(Pseudocerastes)の仲間であり、「幅広くて平らな頭」や「目の上にある角のような鱗」を持っています。
これらの特徴は同じツノメクサリヘビ属であるペルシャツノクサリヘビ(学名:Pseudocerastes persicus)と共通しています。
そのため1968年、スパイダーテイルドクサリヘビの個体が最初に発見された時には、新種ではなくペルシャツノクサリヘビだと考えられていました。
他のペルシャツノクサリヘビにはない「奇妙な尻尾」を持っていましたが、科学者たちは「何らかの腫瘍か、寄生虫の影響でそのような形になった可能性がある」と考えていたのです。
スパイダーテイルドクサリヘビの標本。当初は腫瘍をかかえたペルシャツノクサリヘビだと考えられていた / Credit:Field Museum of Natural History_Pseudocerastes urarachnoides Bostanchi, Anderson, Kami & Papenfuss, 2006
この珍しいヘビの標本はアメリカのフィールド自然史博物館に寄託されましたが、その存在は35年間ほとんど忘れられていました。
ところが2003年、同じく奇妙な尻尾を持つツノメクサリヘビ属が発見されました。
その後、同様の特徴を持つ個体が複数存在することが確認され、2006年には新種「スパイダーテイルドクサリヘビ」として認められました。
(詳細は、2006年のハミド・ボスタンキ氏らの論文を参照)
まるで本物のクモに見える / Credit:Field Museum of Natural History_Pseudocerastes urarachnoides Bostanchi, Anderson, Kami & Papenfuss, 2006
スパイダーテイルドクサリヘビの尻尾には、「小さな組織の塊」が付いており、その組織の両側から複数の細長い「蔓」もしくは「ひげ」のようなものが伸びています。
その見た目は、まるで本物のクモのようです。
ただしこの時点では、スパイダーテイルドクサリヘビが、その特殊な尻尾をどう役立てているのか分かっていませんでした。
確認できたのは、いくつかのスパイダーテイルドクサリヘビの胃袋には、鳥の死骸が詰まっていたということだけです。
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狡猾なヘビは尻尾の「疑似餌」を動かし、空を飛ぶ鳥を捕食する
科学者たちがスパイダーテイルドクサリヘビを新種だと認めた後、イランのヤスージ大学(Yasouj University)のベザド・ファシーニア氏ら研究チームは、野生のスパイダーテイルドクサリヘビを何年もの間観察し続け、その生態を2015年の論文で発表しました。
その研究では、スパイダーテイルドクサリヘビが、クモのような尻尾を使って鳥を捕まえることが分かりました。
尻尾の「クモ」で鳥を誘い、捕食する瞬間 / Credit:SciNews(YouTube)_Iranian spider-tailed viper tricks bird(2016)
このヘビは、周囲の景色に溶け込んで鳥が近づいてくるのを待ち伏せします。
彼らは平均して、待ち伏せしている時間の3分の1を尻尾を振ることに費やしており、その様子はまるで「クモが無防備に歩き回っている」ようです。
そして鳥がヘビの視界に入ると、尻尾の振りは4倍にまで激しくなります。
この「偽のエサ」の激しい動きにつられて鳥が近づくと、それが鳥の最後となります。
ヘビは一気に鳥へと食いつき捕食してしまうのです。
釣り人が小魚を模したルアーを小刻みに動かして獲物を誘惑するように、この狡猾なヘビは、「尻尾の疑似餌」を小刻みに動かして、空を飛ぶ獲物を誘惑しています。
スパイダーテイルドクサリヘビは、非常に洗練された狩りを行う「狡猾なヘビ」だった / Credit:(左)Wikipedia Commons_Spider-tailed horned viper 、(右)Field Museum of Natural History_Pseudocerastes urarachnoides Bostanchi, Anderson, Kami & Papenfuss, 2006
尻尾を使って獲物を引き付けること自体は、ヘビの中でも特に珍しいものではありません。
それでも、スパイダーテイルドクサリヘビに見られる「まるで本物のクモのような見た目と動き」は、他に類を見ないほど洗練されています。
ちなみに、このトリックに最も騙されやすいのは、高山地帯のクモを捕食する危険性をあまり知らない渡り鳥たちなのだとか。
スパイダーテイルドクサリヘビの狩りは、「自分が捕食する側だと疑わない時が、一番無防備である」という世界の真理を表していますね。
私たちも、「自分が完全に有利だ」「勝負に勝った」と信じ切った時に足元をすくわれることが無いようにしたいものです。
参考文献
This Might Look Like a Spider, But You’re in For a Shock
https://www.sciencealert.com/this-might-look-like-a-spider-but-youre-in-for-a-shock
Pseudocerastes urarachnoides Bostanchi, Anderson, Kami & Papenfuss, 2006
https://www.gbif.org/occurrence/668487651
元論文
A new species of Pseudocerastes with elaborate tail ornamentation from western Iran (Squamata: Viperidae)
https://www.researchgate.net/publication/228988036_A_new_species_of_Pseudocerastes_with_elaborate_tail_ornamentation_from_western_Iran_Squamata_Viperidae
Avian deception using an elaborate caudal lure in Pseudocerastes urarachnoides (Serpentes: Viperidae)
https://brill.com/view/journals/amre/36/3/article-p223_4.xml
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。