アリゾナ州に設置されたミレニアムカメラ / Credit:Chris Richards, University Communications_Looking through the lens of time with the Millennium Camera(2024)
「久しぶりに故郷に帰ると、景色がすっかり変わっていた」なんて経験をしたことがあるかもしれません。
20~30年ほどでも風景は大きく変わってしまうものであり、そうした変化を目の当たりにすると、どこか切ない気持ちになります。
では、もっと先の未来、例えば1000年後には、どれほど変化するものでしょうか。
また1000年間、同じ景色を撮影し続けたら、どんな結果になるのでしょうか。
最近、アメリカのアリゾナ大学(The University of Arizona)芸術学部に所属する実験哲学者のジョナサン・キーツ氏は、1000年かけて1枚の写真を撮る「ミレニアムカメラ」計画をスタートさせました。
「露光時間1000年のピンホールカメラ」とも言えるその撮影実験は、果たしてどんな結果になるのでしょうか。
目次
アリゾナ州に設置された「ミレニアムカメラ」が1000年後の人類へ可能性を提示し続ける
アリゾナ州に設置された「ミレニアムカメラ」が1000年後の人類へ可能性を提示し続ける
ピンホールカメラの原理。物体から発した光は小さな穴をとおり像を結ぶ / Credit:Wikipedia Commons_ピンホールカメラ
ピンホールカメラは、写真の起源とも言われるカメラです。
小さな穴を通った光が箱の中に外の景色を映す「ピンホール現象」を利用した最も単純なカメラであり、簡単に製作できるため、理科の授業や夏休みの工作で作ったことがある人もいるでしょう。
一般的なカメラに比べて長い露光時間が必要となり、やわらかい表現になるのが特徴です。
長時間露光写真のイメージ。 / Credit:Canva
また、静止したものは比較的はっきりと写りますが、撮影の間に動きがあったり変化があったりした対象は、ぼんやりとブレていたり、やや透明になっていたりします。
一般的なピンホールカメラの露光時間は1分ほどですが、あえて数カ月から1年露光させることもでき、それだけの時間経過を1枚に収めた神秘的な写真が撮れるのもピンホールカメラの魅力と言えます。
20分露光のピンホール写真 / Credit:Wikipedia Commons_Pinhole camera
そして今回、キーツ氏は、露光時間1000年のピンホール写真を撮影する計画を開始しました。
当然、通常のピンホールカメラでは、実現不可能です。
1000年以上にわたって写真を撮影できるほど感度の低い撮影プロセスなど存在してこなかったのです。
しかし彼は、「太陽光で退色していく顔料」を用いることで、この課題を解決できると考えました。
ミレニアムカメラ / Credit:Sibila Savage_Deep Time Photography (2024)
これを導入するため、キーツ氏は「ミレニアムカメラ」と呼ばれる特殊なピンホールカメラを製作しました。
薄い金のシートに開けられたピンホールから、光が銅の円筒に入り込むようになっています。
そして風景を反射して内部に入った光は、1000年をかけて、「太陽光で退色していく顔料」が何層にも塗られた感光性の面をゆっくりと退色させていくのだとか。
この方法により、1000年後に誰かがそのカメラを開くと、1000年分の「超」長時間露光写真が得られるようです。
同じ風景を1000年間撮影し続けるミレニアムカメラ / Credit:Chris Richards, University Communications_Looking through the lens of time with the Millennium Camera(2024)
キーツ氏は、このミレニアムカメラを、アリゾナ州の工業都市ツーソン付近の、ツマモックヒル(Tumamoc Hill)に設置しました。
ここでは、毎日ハイキングする人々が通過したり、動物たちが砂漠を走り回ったりしています。
またサボテンが数十年にわたって成長しては枯れています。
そしてカメラの先には、現代の人々が生活する都市があります。
たった数十年でも大きな変化が予想されますが、それが1000年にもなると、驚くような変化があるに違いありません。
しかもそれらの景色の変化が1枚に重なって集約されるため、完成した写真を予想することすら簡単ではありませんね。
ちなみにキーツ氏は、「500年後にすべての住宅が撤去されるという、劇的なケースを考えてみましょう」と述べています。
そして、「その時に何が起こるかというと、山はシャープで不透明なものとなり、住宅は幽霊のようなものになるでしょう」と続けました。
ミレニアムカメラの存在そのものが、人々にメッセージを投げかける / Credit:Sibila Savage_Deep Time Photography (2024)
とはいえ、これらすべての予想は、「1000年もの間、ミレニアムカメラがその場所に設置され続けていれば」という、到底無理そうな仮定の上に成り立っています。
実際には、自然の力でカメラが倒れたり、人間に撤去されたり、そもそもカメラが想定通り機能しなくなったりして、ダメになる可能性が高いと言えるでしょう。
カメラが機能しているうちに、10年もしくは100年で開けた方が、まだ成果が得られる可能性は高いはずです。
それでもキーツ氏は、「ミレニアムカメラは1000年経つ前に開けられることはない」と断言しています。
そしてキーツ氏によると、このプロジェクトを知った人や、カメラの近くを通りかかった人に、「はたして将来はどうなるのだろうか」「現在の人類は、未来に向けてどんなことができるのだろうか」と考えてもらうことが重要なのだとか。
人間の寿命をはるかに超えて寡黙に立ち続けるミレニアムカメラは、もしかしたら、その存在によって人々の環境に対する取り組みを変化させていくのかもしれません。
そしてこれから、未来の人類へ向けて、「1000年間の景色を1枚に収めた写真」という可能性を示し続けるのです。
参考文献
Looking through the lens of time with the Millennium Camera
https://news.arizona.edu/story/looking-through-lens-time-millennium-camera
Deep Time Photography
https://tumamoc.arizona.edu/arts-and-science
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。