擬似恋愛と競争と他者へのマウンティング
しかしここでは、擬似恋愛と課金というプロジェクションの構図を考えるのではありません。ここで考えてみたいのは、ホストやメン地下にハマる擬似恋愛だけではない側面、お客/ファンのコミュニティ内での競争と他者へのマウンティングについてです。
前述の事件にもあったように、ホストのお客には、担当のホストの店での順位を上げる、という使命が課されます。課金額が大きいほどホストの順位は上がるので、お客はそのために店で多額の注文をします。
実際にお金がなくても、借金をしたり売掛金として処理したりして工面をします。なぜそこまでして課金をするのか、もちろん自分の担当ホストをなんとかして応援したいという気持ちもありますが、お客同士の競争もあります。
今月はお客として誰が一番お金を使ったのか、はっきりとわかるようになっています。一番お金を使ったお客がホストから一番いいあつかいをされるばかりでなく、お客同士のコミュニティのなかでも他者を差し置いて一番になれるというわけです。
このような他者へのマウンティングは、通常であれば1対1でおこなわれるような恋愛の関係とは、一線を画した側面であるといえるでしょう。
メン地下にも、ファン・コミュニティでの競争があります。「推し」であるアイドルから応援してねと言われたら、自分の推しがデビューできるように応援したい、自分の推しがグループにいたなら、グループのなかでより人気のある存在にしたい、そんな動機で人気の指標となるグッズ購入などに多額の課金をします。
しかし、競争とはそれだけではありません。ライブとともにおこなわれる撮影会や一緒に出かけられるようなオプションでは、課金の大小で推しをどれだけの時間、独占できるかが決まります。
一番お金を使ったファンがコミュニティのなかでも他者から抜きんでて一番になり、推しを一番独り占めできるというわけです。このような課金やマウンティングも、そもそも1対1になるためにおこなわれているという点で、通常の恋愛関係とはかなり異なっています。
ホストやメン地下のような対象は、本来は自分の現実生活圏には存在していないという意味で、実在する人物ながらも非現実的な存在です。だからこそ、日常を離れたところでの楽しみや癒やしをもたらしてくれます。
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「推しのため」の推し活
ゼミ生の田畑里菜さんと、「推し」のような非現実的な対象に感じるリアリティについて、そのファン・コミュニティの規模との関連から研究をしました。
アニメやマンガのキャラクターのようなフィクションである2次元の推しがいる人と、アイドルやスポーツ選手のように実在する3次元の人物を推している人を対象に、推し活の内容と心理状態について詳細なインタビュー調査をおこないました。
すると、推し対象が2次元か3次元かという差異は、推し活の種類へ実質的な制限をもたらすものの、課金額や時間、労力の違いにおいては、次元の差異よりも個人差のほうが大きいことがわかりました。
また、ファン・コミュニティの規模については、推しのファン・コミュニティの規模が大きいばあい、推し活は「自分の楽しみのためにしている」という回答が多く見られました。一方で、ファン・コミュニティの規模が小さいばあい、課金などの推し活は「推しを応援するため」「推しに喜んでほしいから」という回答が見られました。
ファン・コミュニティの規模の大小によって対象との物理的な距離感が変化し、推しへ「現実に」干渉できる可能性や程度が変わるため、推しとの心理的な距離感も変わると考えられます。
そのような物理的/心理的な距離感をファン本人が感知しているから、推しに対する意識や推し活の内容にも影響するのでしょう。
そして、推し本人からファンに対して応援などの要請があったばあいは、ファン・コミュニティの規模にかかわらず、「推しのため」という意識が高まることも示唆されました。
このことから、ファンが感じる推しのリアリティの強さとは、単に推し対象が2次元か3次元かということではなく、推し活をするファン・コミュニティのなかで感じる対象との物理的/心理的距離の近さや、対象からの直接的な働きかけと関連していると考えられます。
ホストやメン地下のお客/ファン・コミュニティは、いわゆるアイドルなどと比べてずっと小さいはずです。
だからこそ、自分の行為がダイレクトに反映され、他のお客/ファンの行動もよく見えます。対象からの働きかけも個別になされるうえ、頻度や強度が高いでしょう。
通常の推し活が、現実生活とのバランスをとりながら「自分のため」になされるのとは対照的に、ホストやメン地下へのいれこみは、本来は非現実である存在のリアリティが強いため現実世界が侵食され、「推しのため」の推し活になっているといえるのです。
写真/shutterstock