秋で気落ちした私が最近出会ったオムライスの話を聞いてください / 伊勢丹新宿店「Ladies & Gentlemen」

秋は私(佐藤)を詩的にさせる。少し冷たい風を感じると、夏の名残りが脳裏によみがえり、何かをやり残したような……、自分だけが置いていかれたような……、物悲しい気持ちになるのだ。

イヤホンで聞くのはバラードばかり。誰に伝えるでもない言葉が、頭の中にあふれ出して、若い頃には日記をしたためたこともあったっけな。

そんな私が最近出会ったオムライスの話を聞いてほしい。あのオムライスは、秋に打ちひしがれる私の心にささやかな灯を与えてくれたのだ。この味は癒される~……。

・語る資格なし

あのオムライスは意外と身近で提供されていた。伊勢丹新宿店の3階にあるビストロカフェ「レディースアンドジェントルマン」。ここに美しくもおいしいオムライスがあると、ある友人から聞いた。

長年新宿で勤めており、伊勢丹にも数えきれないほど足を運んでいるけど、3階にビストロなんかあったかな? 友人いわくそこを知らずして、新宿グルメを語るなかれとのこと。

たしかに編集部のある新宿にいるにも関わらず、名店と言われるお店を知らないとは、我が目は節穴と言わざるを得ないだろう。

伊勢丹本館3階に行ってみると、友人の言った通りにお店はあった。多分何度も店の前を通り過ぎているのに、そこに美味しいオムライスがあるとは、今日の今日まで知らなかったよ。もう新宿グルメは語るまい……。

このお店は日本を代表するシェフの木下威征氏と、世界的に有名なパティシエの青木定治氏がそれぞれ、フードとケーキをプロデュースしてるそうだ。

オープンは2012年なので、私は10年以上もこのお店に気づかずに新宿2丁目に通い続けていたことになる、まさしく灯台下暗し。「穴場」と紹介したいところだったが、店前には平日でも行列ができる人気ぶり。つまりかなり知られたお店ということになるな。

穴場どころか私の方がモグリだったわけか。もはや、グルメどころか新宿すら語る資格はないかも。

メニューを見ると、2人の巨匠がプロデュースした品々が並んでいる。メニュー写真からそれぞれの料理の凄みがヒシヒシと伝わってくるようだ。伊勢丹本館に出店するだけのことはある。どれを食べてもハズレはなさそうだ。

魅惑的な品々の中から、私が頼むべきものはもう決まっている。オムライスだ。それもただのオムライスではない、「スフレ」のオムライスである。

スフレの項目を見ると、その最上段にオムライスがあるのだが、他の2品「チーズスフレオムレツ カリカリチーズと白トリュフのハニーソース」も「チーズロールスフレ マンゴーとパッションフルーツのソース」も美味そうやなあ~……。

いっそのこと全部! と言いたい気持ちではあったが、散漫になってはいかん! ってことで、お店のことを教えてくれた友人に報いるためにも、オムライスを頼むことにした。

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・1枚の絵画

お店に到着したのが12時15分頃。入店したのが12時50分頃なので、35分くらい店前の椅子に座って待った。それで注文したのがスフレオムライスだから、提供までにさらに待つことになるだろう。

スフレのオムレツは焼き上げるのに時間がかかる。オーダー時に特に教えてもらえなかったけど、私は何となく時間がかかることを心得ていた。時間のあるときにオーダーすることをオススメする。

そしてカウンター席に着いて、待つことさらに約25分、来ました。これが「チーズロールスフレのオムライス 牛肉の赤ワイン煮込みのデミグラスソース」(税込2200円)です。

この見た目だけで気分が上がる。器の中央に平たく盛られたケチャップライス、その周りを囲うようにデミグラスソースが流し込んであって、牛肉がゴロゴロと転がっている。

そしてライスの上には丁寧に巻き上げられたスフレがデン! と乗っかっている。

スフレを横から覗いてみると、半熟状になった卵液がいまにもあふれ出そうじゃないか。なんとも耽美な! 秋雨で沈みかけた私の心に差した一筋の光、この見た目だけでご飯1膳余裕で食えそうだ。

まずはそのままを嗜んでみよう。スプーンですくって口に放り込むと、軽い! 軽やかが過ぎる!! めちゃくちゃエアリーな口当たり、甘くした空気の味だ!

もしも雲を食べられるとしたなら、きっとこんな感触に違いない。スフレ状になったオムレツは、口に入れるとシュワっとほどけるように消え去っていく。

これを食べるに当たって、「食べる」とか「噛む」という表現はふさわしくない気がする。だからといって「飲む」でもない。強いていうなら、「吸う」に近い感覚だ、美味いスフレを吸う! そんな気分である。

続いてケチャップライスとデミグラスソースの味を確かめよう。 

オムレツが空気(Air)でするならば、デミグラスソースは大地(ground)といったところだろうか。ドッシリとした安定感があり、食材の旨味が凝縮されて、なおかつ研ぎ澄まされている。フレンチの腕が試されるのはソースだ。美味しいソースがあればこそ、肉なり魚なりのメイン食材が活きるというもの。

音楽でいうなればリズムに相当する。ドッシリとしたドラム・ベースがあるからギターやボーカルが浮足立っていても聞いていられるのである。オムレツが空を飛ぶような軽やかさであっても、地に足の着くソースの安定感があるから、料理としての完成度が高まる。スフレの美味しさはソースがあってこそだ。

そしてこれら全部を口に放り込んだら、私はどうなるのか?

先に挙げたすべての食材を口に入れると、それはもう1枚の絵! 私には見える、飾り気はないけど、設えのしっかりとした額に収められた1枚の絵が。燃えるような紅葉に染まる山のふもと、湖畔に浮かぶ一隻の小舟。澄み切った秋空の下で水面に糸を垂れる老人の姿。

そこまで見える! 味が絵画のように整ってる~!!

秋って気持ちが落ち込み気味になるんだけど、コレ食って元気もらいましたわ。イヤなこと忘れられるご馳走ですわ。

ってな感じで少々詩的になりすぎたけど、チーズローススフレのオムレツはおすすめ。先にも述べたように、平日でも入店まで待つ可能性が高いので、時間のあるときに訪ねて頂きたい。美味しさにニヤケてしまうぞ。