幼虫時はエラを持ち、成虫は羽を持つカゲロウ / credit:Pixabay
鳥やコウモリなどの羽は前足が進化したものであるということをご存じの方は多いでしょう。
では虫の羽は何から進化したのでしょうか?
実は虫の羽は鳥やコウモリの羽とは位置づけが大きく異なっており、どうやって生まれたのか、未だによくわかっていません。
虫がどの時点で羽を持ったか、体のどの部分が進化して羽となったのかなど議論が続いています。
現在は水生昆虫が陸に上がってから羽を進化させたという説が有力ですが、2023年12月にチェコのカレル大学ヤコブ・プロコップ氏らの研究グループが羽の痕跡を持つ水生昆虫の化石を発見したことを発表しました。
これにより、羽が水生昆虫のエラから進化した説が再び注目されています。
この研究はCommunications Biologyに2023年12月12日付けで掲載されました。
目次
虫の羽がエラから進化した可能性を示す化石昆虫の変態では羽は背中の一部が肥大化したもの
虫の羽がエラから進化した可能性を示す化石
見つかった幼虫の抜け殻の化石 / credit:nature
研究グループはニーダーザクセン州の採石場で古生代の終わりに絶滅した古生代翅目の幼虫のぬけがらの化石を発見しました。
発見された化石の成虫は羽のある虫の祖先である可能性が高いと言います。
この幼虫の抜け殻には体の様々な箇所で水の中で暮らしていたことを示す構造が多くありました。
何より注目されたのは、幼虫の胸部にある未発達な3対の羽です。
この3対の羽の構造は、水生昆虫の腹部にあるエラ板の構造と酷似していました。
ぬけがらの化石の元になった幼虫は、未発達な羽でエラのように酸素を取り込んでいた可能性があります。
幼虫のときは水生で、成虫になったら羽を持つ虫というのは少なくありません。
例えばカゲロウやトンボなどは幼虫のときは水生でエラで呼吸しますし、カゲロウの中にはエラが羽のような構造になっているものもいます。
エラは大きいほど効率的に酸素を取り込めるので、エラが大きく進化していくのは生き抜くために自然な流れです。
研究グループはこの幼虫の抜け殻の化石にある未発達の羽が元は呼吸をするためのエラで、これらが大きく進化し、羽になったのではないかと考えました。
この発見は、水生環境によって昆虫の羽が進化した説を大きく後押しするものです。
しかし、あくまで今回発見された化石は「すでに羽を得ている」虫であり、羽を得る中間体を示すものではないため、陸に上がってから進化したという説を完全に否定できるものではありません。
陸に上がってから進化したとしたら、羽は虫のどの部分が進化したものなのでしょうか?
ここからは陸に上がってから虫の羽が進化したという説についてご紹介していきます。
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昆虫の変態では羽は背中の一部が肥大化したもの
背板の一部を切除すると羽の発達が大きく阻害される / credit:基礎生物学研究所
京都大学の大出高弘氏らの研究グループは陸に上がった虫の背中の一部が肥大化して羽になったという説を提唱しています。
これは幼虫から成虫になる際に羽を得る虫において遺伝子の活性化を観察した結果によるものです。
幼虫から成虫になる「変態」において、背板の細胞が肥大化し羽となる様子が観察されました。
さらに背板の中で肥大化して羽となるかを検証するため、該当箇所を切除した個体の成長を観察した結果、羽の発達は大きく阻害されていました。
このことから変態によって羽を持つ虫たちの羽は背板の一部が肥大化したものであることが示され、研究グループは進化の上でも同様に羽が背板から発生した可能性を指摘しています。
肥大した背中の一部は甲殻類における脚の一部かも
甲殻類(上)と昆虫(↓)の脚の比較、昆虫には7~8分節に対応するものがない / credit:nature
また、羽となる背板の一部がもともと脚の一部だったという説もあります。
アメリカのウッズホール海洋生物学研究所で行われた虫と甲殻類の脚の遺伝子比較では、両者の脚の分節の1~6対までは完全に一致していました。
しかし甲殻類にはあと2対、背板側に分節が存在します。
このため、虫では見られないこれらの分節が背側に移動して背板の一部となり、羽の形成に寄与している可能性が示唆されたのです。
虫の羽における進化が謎に包まれる理由
鳥への進化の中間体である始祖鳥の化石 / credit:Pixabay
このように陸上で背板が羽になったという説にも様々な根拠があります。
しかし、あくまでこれらは現存の虫を使った研究であり、エラが羽になった学説と同様にどこから進化したかを決定的に結論付けるには至っていません。
虫の羽の進化が謎に包まれている理由は、鳥における始祖鳥のように中間的な化石が見つかっていないためです。
今回の化石の発見で、水生もしくは半水生の昆虫が羽を持つ昆虫の祖であった可能性は高くなりましたが、前述の通り化石の昆虫の成虫はすでに羽を持っており、虫の羽の進化における中間的な存在とは言えません。
虫の羽について、現存の虫に対する遺伝子的な分析と、化石の分析の2つのアプローチが行われていますが、虫に羽が生じる直前の中間的な存在が見つかるまで、虫の羽に関する進化の議論はまだまだ続きそうですね。
【編集注 2023.01.25 18:00】
誤字を修正しております。
参考文献
New evidence that insect wings may have evolved from gills
https://phys.org/news/2024-01-evidence-insect-wings-evolved-gills.html
祖先の背中の肥大化が昆虫の翅を生んだ ―150年来の昆虫翅進化の謎に迫る―
https://www.nibb.ac.jp/press/2022/02/28.html
元論文
Thoracic and abdominal outgrowths in early pterygotes: a clue to the common ancestor of winged insects?
https://www.nature.com/articles/s42003-023-05568-6
A hemimetabolous wing development suggests the wing origin from lateral tergum of a wingless ancestor
https://www.nature.com/articles/s41467-022-28624-x
Knockout of crustacean leg patterning genes suggests that insect wings and body walls evolved from ancient leg segments
https://www.nature.com/articles/s41559-020-01349-0
ライター
いわさきはるか: 生き物大好きな理系ライター。文鳥、ウズラ、熱帯魚などたくさんの生き物に囲まれて幼少期を過ごし、大学時代はウサギを飼育。大学院までごはんの研究をしていた食いしん坊です。3人の子供と猫に囲まれながら、生き物・教育・料理などについて執筆中。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。