ヴィラン(悪役)として知られる「ジョーカー」を主人公にした実写映画『ジョーカー』は、2019年に公開され、社会現象級の大ヒットを記録しました。孤独な男が犯罪者に変貌する姿を、ホワキン・フェニックスが見事に演じています。Netflixなどの配信や劇場での再上映は行われていますが、地上波放映はされていません。その原因を探ります。
地上波NGの理由は、「R15」ではない?
仕事を一方的に解雇された。行政からの援助も打ち切られてしまう。介護中の母親はよくなる見込みがない。誰にも相談することができず、アーサーはどんどん追い詰められていきます。しかも、憧れていたコメディアンのマレー(ロバート・デニーロ)からは、自分の芸を笑いものにされてしまいます。
笑わせるのと、笑われるのでは大違いです。残された最後の希望だった「コメディアンになる」という夢さえも、アーサーは踏みにじられてしまうのです。
アメコミをモチーフにした『ジョーカー』ですが、真面目に生きていた人間がつまずき、絶望の世界へと転がり落ちていく様子を、とてもリアルに描いています。まるで本当にあった犯罪映画を観ているような気になってきます。
R15指定された『ジョーカー』ですが、R15指定のコメディ映画『テッド』(2012年)はテレビ用に編集されたバージョンがフジテレビ系で放映されています。ですから、R15指定を受けたことだけが、『ジョーカー』が地上波放映できない理由ではないようです。
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現実とフィクションを混同した悲しい事件
テレビ局側が問題視しているのは、2021年10月31日に東京都内で起きた「京王線刺傷事件」でしょう。ハロウィン期間中に起きたこの事件で、犯人はジョーカーを思わせる服装でした。失恋や職場のトラブルなどが重なり、犯行に及んだことが知られています。
2022年7月8日に起きた安倍元総理射殺事件では、犯人は母親が新興宗教団体に多額の献金をしたことから、経済的につらい思春期を過ごし、高校卒業後は職場を転々としていたことが報じられています。また、SNSなどで『ジョーカー』に関心を寄せていたとも言われています。
影響力の強い地上波テレビでの放映に、テレビ局側が慎重なのは当然かもしれません。しかし、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト ライジング』(2012年)の場合、米国コロラド州で催されたプレミア上映中に銃乱射事件が起きたために地上波放映が危ぶまれましたが、2014年には「金ロー」で放送されています。
映画を封印すれば、問題が解決するわけではありません。『ジョーカー2』こと『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の予告編では、バート・バカラックの名曲「What The World Needs Now Is Love」が流れています。「世界が必要としているもの、それは愛、ささやかな愛」という歌詞内容の美しい曲です。現実とフィクションを混同した悲しい事件が起きないよう、寛容さのある社会になることを願うばかりです。