〈中野・劇団員殺人事件〉「絶対に犯人を見つけてやる」ある日突然、恋人を殺された男性“決意と奔走の200日”

2015年8月26日、東京都中野区のマンションで住人の加賀谷理沙さん(当時25歳)が首を絞められ亡くなっているのが発見された。捜査が難航する中、被害者の恋人で同じ劇団に所属する俳優でもあった宇津木泰蔵氏(同31歳)は、自ら真相究明に動き出した。

恋人の無念を晴らすため、手がかりを求め歩き続けた200日間を『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

恋人の“無念”を晴らすため、自ら捜査を開始

警察は事件を「通り魔的な犯行の可能性が高い」と見立てていた。怨恨を生むようなトラブルが見つからないことに加え、遺体発見時、理沙が全裸で倒れていたことから、レイプ目的による強制わいせつ致死だと睨んだのである。

「事件に巻き込まれる要素なんて何一つなかった。慎ましく生活しながら、女優になるという夢を純粋に追い求めていた若者そのままだった」

ある捜査関係者が話す。友人だけではなく、アルバイト先の知人や役者仲間の誰に聞いても、「恨みを買うような人ではない」と口を揃えたという。

「だから行動に移すことにしたんです、犯人探しと真相究明のために」

泰蔵は事件から1週間後の9月1日未明、理沙が暮らしていたマンションの前に立った。事件が起きた時刻に現場前からスタートし、犯人の逃走ルートは右か左か、どちらに逃げれば人目につかないとか考えながらひたすら歩いた。

「犯人は現場に戻る」とよく言われることからして、いつかボロを出すはずだ。特に単身用マンションのベランダには目を光らせた。部屋から消えた理沙の私物の舞台衣装と愛用していたバッグを犯人が干してるかもしれないと睨んだのだ。

役者だけで生活することを胸に生きてきた男は、この日を境に恋人の〝無念〟を晴らすことだけを目標にし、それを実践する。犯人への憎悪が原動力になったのは言うまでもない。となれば「迷いはなかった」と、ドスの利いた主張を展開した。

「絶対に見つけてやるぞというか、もうね、あえて言葉を選ばずに言うと『ぶっ殺してやる!』って。殺意を抱いたことは一度や二度ではありません。それは今も心の奥底に燻っています」

彼が果たしたかった無念とは何か。犯人逮捕と事件の真相を突き止めることである。指針なきまま夏の終わりを告げるかのように冷たい雨が降るなかで泰蔵はひとり、中野新橋界隈を歩いた。

犯人逮捕のその日まで終わりはない。警察が頭を抱えるなか、イロハのイも知らない男が捜査をするなんて。淡い期待に過ぎないかもしれないが、たとえこの先何年、何十年かかろうとも続けてやると覚悟を決めた。

事実、泰蔵の決意は相当なもので、捜査は季節が秋になり冬になっても毎日のように続けられた。ただのゲン担ぎかもしれないが、月命日や事件から10日目、20日目といった区切りの日を特に重視した。

ちなみに、私が泰蔵と付き合うようになったのは、彼に対するネットの心ないコメントがきっかけである。

〈2ヶ月しか交際してないのに悲劇のヒロインになるな〉
〈LINEの文面を見ると付き合ってるように見えないんだけど、証拠を出して〉

発生から逮捕まで、事件の解決を願ってマスコミからの取材を受け世間に肉声を届けていた泰蔵に対し、ニュースサイトのコメント欄にはこのような書き込みが続いていた。

彼を犯人視する記述すら散見された。まごうことなきシロであり、どころか誰に頼まれたわけでもなく犯人探しをする彼を、大袈裟に言えば見ていられなかったし、取材対象として面白いと思わなかったと言えば嘘になる。私は彼に密着しようと決めた。

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捜査は難航、真偽不明の報道も

マスコミまでアテにできないなら、自分がやるしかない。理沙を殺した犯人を必ず見つけてやる。泰蔵が、さらに自分で何とかしなければと思ったのは、難航する捜査に呼応するかのごとく、主に警察発表をネタにしていたマスコミ報道もめっきり減ってしまったからだ。

どころか、独自にネタを仕入れるのは相当に無理があったようで、事件がDV彼氏と酒癖が悪い女性によるトラブルの果てに起こったかのごとくミスリードするメディアまで現れる。

一部を新聞記事より引用したい。

7月上旬頃には、自宅近くの公園で、加賀谷さんとみられる女性が男性と口論になり、女性が泣く様子を近隣住人が目撃していた(2015年9月10日産経新聞)

裏取りもせぬまま、さらに詳しく報じるメディアもあった。『アサ芸プラス』の記事である。

(男が)「おまえと飲むと、いっつもこうだよな」と言い、女性が持っていた携帯電話を急に取り上げました。女性が「何すんのよ。やめてよ、返して。そういうこと、やめてよ」と騒ぎだすと、男は「うるせぇよ』と彼女を小突いたんです。

女性は「痛い。やめてよ」と泣き叫びながら抵抗し、「あなたのことは宮城の親も知っているんだからね」と言い放ったという。近隣住民が続けて証言する。

「泣きじゃくる彼女に男は『リサ、俺の話を聞いてくれよ』と何度も呼びかけていましたが、女性は走って逃げようとする。そのたびに男が彼女の腕をつかんで止めるんです。女性は『痛い。やめてよ!』と怒り、男は『話そうよ、リサ。お願いだから聞いてくれよ』と繰り返していました。

女性は『あなたのことは大好き。一緒に住みたいとも思っている。でも無理なの。私ね、あなたに殺される。あなたが怖いの。無理なの、もう』と悲痛な感じで、男のほうは『何でリサのことを殺さなきゃならないんだよ』と」深夜の口論は2時間近くに及んだ(2015年9月14日)

この報道を受けて私は、すぐに裏取り取材を開始した。口論があったとされる公園は住宅街の一角にあり、証言者の住むマンションだけでも50世帯を超えた。恐らく一連の記事はアマい取材の上で報じられたのだろう。わずか1時間ほどで「オカシイ」と気づいた。

会話が聞き取れるぐらいの大声で2時間も話していれば周囲にも漏れ伝わってもよさそうなものなのに、耳にした住民が全くいないのである。これは誤報じゃないのか。ならば改めて記事に出ていた証言者に確認してみよう。本当に理沙と元彼との会話だったのか。