あり得たかもしれないマルチバースの世界では、アルピーヌからF1に参戦するピエール・ガスリーはプロのサッカー選手になっているかもしれない。そして、もしサッカーを続けていたら、モータースポーツでどこまで行けたのだろうかと空想に耽っていたことだろう。
しかし現実世界のガスリーはF1ドライバーとしてキャリアを積み、10代の頃に異なる決断をしていたら、大好きなパリ・サンジェルマンでプレーしていたかもしれないと、度々考えているようだ。
フランス・ルーアン出身の28歳であるガスリー。彼をInstagramでフォローしている人なら、彼が大のサッカーファンであることを知っているだろう(編注:ガスリーのマネージャーであるギヨーム・ル・ゴフから「“サッカー”と書くなよ」と冗談交じりに忠告を受けたが日本版では便宜上フットボールではなくサッカーと書く)。
ガスリーのカーナンバーは“10”。これは伝説的なフランス人サッカー選手で、この背番号を長くつけていたジネディーヌ・ジダンへのオマージュだ。
またF1パドックでも定期的に、ガスリーはパリ・サンジェルマンやフランス代表などのチームウェアを身に着けている。アルピーヌのスタッフとは、サーキットでの長い1日の終わりに息抜きとしてサッカーの試合を計画し、メキシコシティGPの際には、メキシコシティのスタジアムで試合をするそうだ。
そして極めつけとして、ガスリーは今年3月にフランス3部リーグのセミプロクラブ“FCヴェルサイユ”の共同オーナーに就任した。
5歳でサッカーを始めたガスリーは、ピッチでの思い出を振り返り「大好きだった」と語った。そして次のように続けた。
「正直なところ、今でも夢に見ているんだ。スポーツそのもの、実際にボールでプレーをすること、チームメイトと一緒にいること。チームと一緒にいるときの雰囲気、色々なところに行って、他の都市のチームに挑戦すること。その一瞬一瞬が大好きだった」
「今朝も『F1を引退した暁には、ベテランチームかシニアクラブに入ってプレーしようと思う』と言っていたんだ。僕が大きな情熱を注ぐことだからね」
アルピーヌの広報がmotorsport.comから“ボール”を奪い、別媒体へパスを出す前に、ガスリーは10代の頃にサッカーとレースで選択を迫られた時のこと、F1以外の人生、プロチームへの出資について話てくれた。
サッカーとカートに明け暮れた幼少期
■Q: 子どもの頃、サッカーをプレーしていた時は「レベルが高かった」と言っていたが、どれくらいのレベルだった?
「まあ、腕が鈍ったのは明らかだよ!」(編注:インタビュー直前にガスリーはサッカーの腕前を披露しようとしたものの、“良いレベル”には達していなかった)
「でも、あの頃はボールの扱いが上手だった。フランス・カップに出場して、小さなクラブだったけど予選リーグで良い結果を残していた」
「ある日、当時フランス選手権で優勝していたオセールの組分けに行ったんだ。当時はギー・ルーという有名な監督がいて、僕は会うことができた。そしてフランスのアカデミーの選抜を受けたんだ」
「僕はいつもよく走っていた。ウイングのポジションだった。11歳まではハーフピッチでプレーしていたし、ウイングとしてオフェンスからディフェンス、オフェンスからディフェンスと走っていた」
「実際、有酸素機能をとても強化できたから、僕にとって良いことだった。僕はサッカーと同じくらいカートに打ち込んでいたんだ」
■Q: 6歳の時にカートも始めた。サッカー、カート、そして学校生活をどのようにバランスを取っていた?
「6歳か7歳の時、正確には覚えていないけど、実は学校から両親に1年飛び級する機会が提案されていた。僕の成績が良かったから、1年飛び級できると見積もってくれたんだ」
「僕の両親はとても賢明で『彼を(今の学年に)とどめて、スポーツをする時間を増やすために、学業を楽にさせてあげたい』と言ってくれた。それで僕は時間をカートとサッカーに捧げることができた。時間をうまくやりくりできていたんだ」
「ただ9歳のときにカートでレースに出るようになって、サッカーとの兼ね合いが複雑になってきた。10歳か11歳の頃には、練習をあちこち休むようになり、レースがあるから全ての試合に出ることができなかった」
「日曜日に試合へ行った時、コーチがサッカーよりもカートに集中している僕を不満に思ったことを覚えている。そして罰として僕をセカンドチームに入れると言ったんだ」
「それで僕はこう言った。『ふざけやがって、セカンドチームではプレーしてやるものか』ってね。そして、その日を境に僕は(サッカーを)辞めた」
■Q: 苦渋の決断だったのでは?
「僕は自分自身に『選択しなければならない状況だ』と問いかけていた。でも心の中では既に明確なことだった。僕はこのふたつに情熱を注いでいるけど、カートとレースへの愛の方がひと回り大きかった。サッカーよりもカートの方が、やや競争心が強かった……カートの方がトロフィーを多く獲得できていたしね」
「両方をベストの状態でこなすことができないところまで来ていたし、それが嫌だったんだ」
■Q: サッカーで学んだことで、モータースポーツに役立っていることはある? 有酸素系の話が出たが……。
「有酸素機能は間違いなくそうだね。でも、チームスピリットや互いをサポートし合うことも大切だ」
「サッカーでは、チームメイトのミスを補うためにさらに頑張らなければならないことがある。あるいは自分がミスをした時に、誰かが背中を押してくれることもある」
「そしてロッカールームでは、たとえ子どもであっても、互いの絆を築き、みんなの間に良い相乗効果がある時に最高の試合ができると理解できるようになる。F1は規模が大きいけど、同じことが言えるよね」
「エンジニアルームにいる時は、サッカーのロッカールームにいるみたいなモノだ。唯一の違いは、エンジニアルームでは全員しっかり服を着ていることかな」
「F1では、チームとしてみんなを団結させなければならない。非常に風通しが良く正直に言える環境でなければならないし、全員が同じ目標に向かって努力する必要がある。若いうちからチームのメンタリティを持つことはとても良いことだと思う」
「カートはより個人が強いスポーツだ。当時は父と僕だけだった。後ろにいるチームを見てあげることはあまりない。でも水曜日に試合や練習に行くと、他の子どもたちと一緒になり、チームに溶け込み、チームスピリットを持つ必要があると理解しなければならなかった」
「それにスポーツは基本的に、規律をもたらしてくれる。練習が6時からなら、6時にはそこにいる必要がある。上達して強くなるためには、全ての練習をこなし、プロセスに従い、練習をする必要がある。子どもの頃は必ずしもそうとは限らないけど、自分のやっていることに規律が加わる。後に何をするにしても不可欠なことだよ」
ファンの極み。サッカーチームオーナーに
■Q: 今年の初めにFCヴェルサイユへの投資を決めた経緯は?
「サッカーの大ファンとして、このスポーツに関わりたいと常に思っていた。もちろん、選手として関わるつもりはなかったけど、いつか魅力的なオファーが来たら、関わる方法を探そうという思いはいつも頭の片隅にあった」
「昨年FCヴェルサイユを引き継いだオーナーは、僕がサッカーに夢中で、試合を沢山見に行き、追いかけているのを見て、昨年末に声をかけてくれた」
「彼らは僕に、彼らのプロジェクトやクラブのビジョン、何をどのようにしたいのかを説明してくれた。そして、このプロジェクトに参加してみないかと誘われたんだ」
「もちろん、サッカーは非常に複雑なスポーツだ。しかし僕のスポーツに関する知識と、ハイパフォーマンスな環境で働いた経験から、彼らはF1でのスタンダードやここでの物事の仕組みを理解することにとても熱心だった。なんとかしてその知識を活用し、クラブにそのスタンダードのいくつかを導入したいと考えていた」
「アスリートとして、ここは僕が彼らに多くをもたらすことができる分野だと思う。選手の立場に経って考えてみる。そして『アスリートとして、これとこれが必要だ。これはケアが必要だ』と言うことができる」
「彼らはおそらくビジネス面をより多く見ているから、選手サイドのことを少し見逃してしまうことがある。でも選手から最大限の力を引き出す方法を知っていれば、実際にピッチでパフォーマンスを発揮することができる。興味深い会話が沢山ある。以前はなかったことだけど、サッカーを別の角度から楽しむことができる」
「価値観の面で僕らは本当にマッチしていたと思う。他ふたりのオーナー(アレクサンドル・ミュリエスとファビアン・ラザール)とはとても良い繋がりがあった。そして僕は間違いなく魅力的なプロジェクトだと思った。もっと長期的な視点でもね」
「僕の人生には、精神的にバランスを保ち良い環境に身を置く上でも、F1以外のモノが必要なんだ。そしてこれは、F1以外に僕が追いかけたいと思うことなんだ」
「もちろん、僕は常日頃から関わっていないけど、毎週キャッチアップしている。彼らがプレーをしていれば、僕は試合を観る。その一員であることをとても誇りに思うよ」
■Q: FCヴェルサイユの抱負は? イングランド5部からリーグ1(3部)昇格を果たしたレクサムAFCのようなサクセスストーリーになる?
「僕らは3部リーグにいる。短期的な目標は2部リーグに昇格することだけど、競争が激しいから簡単じゃない。サッカーはとても大きく、大きな予算と大きな構造を持つクラブが沢山ある」
「良い挑戦になるけど、僕らはそこから逃げも隠れもしない。僕らが2部に昇格したいというのは明らかだ。中長期的には、1部リーグに昇格することが目標だ。大きなジャンプが必要になるけど、数年という単位で実現できると良いね」
■Q: レクサムといえば、2020年に俳優のライアン・レイノルズとロブ・マイケルヘニーが投資家としてクラブを買収した。FCヴェルサイユに投資する前に、彼らからアドバイスを求めた?
「いや、でもライアンとレクサムの話からインスピレーションを受けたのは確かだ。サッカーファンとして、彼のレクサムでの道のりを追っていた」
「僕にも似たようなストーリーがある。僕は(サッカー)業界の人間じゃないし、サッカー畑ではない他の人たちも一緒に連れて行くことになる。いずれはレクサム対ヴェルサイユの親善試合をやりたいね!」
■Q: 『レクサムにようこそ』のようなFCヴェルサイユのドキュメンタリーシリーズを作ることは考えている?
「それも計画中だよ。露出が必要だし、スポンサーも必要だからね。資金があればあるほど、インフラが整っていればいるほど、選手たちのパフォーマンスが上がる。だから可能な限り最善の方法でチームを宣伝していく必要がある」
「でも言っておくと、素晴らしいサポートチームがマネジメントしてくれているし、彼らはとても良い仕事をしている。野心と結果の相乗効果があると良いね」