アイドルから実力派俳優へ――伊藤万理華のしなやかでつかめない、野良猫のような魅力

伊藤万理華の勢いが止まらない。乃木坂46のメンバーとしてキャリアをスタートさせた彼女だが、近年はアイドルの殻を打ち破るように、多彩な作品で俳優としてのスキルと存在感を覚醒させ始めている。このコラムでは、最新主演映画『チャチャ』(公開中)が公開された俳優、伊藤万理華をクローズアップ。その魅力に迫っていきたい。

■アイドル、乃木坂46として華々しいデビュー

2011年に乃木坂46の一期生として活動を開始した伊藤。翌年には持ち前の唯一無二な存在感で早くもセンターを務め、選抜メンバーにもなった彼女はアイドルとしての輝きとオーラを全開に一時代を駆け抜けた。だが、2017年の卒業後はどちらかというと、1からモノを生みだすクリエイティブな活動へと移り、もともとファッションが好きだったことも手伝って、スタイリングやアートディレクションを自ら手掛ける個展を開催。そこで得た手応えと自信をバネに、アイドルの時とは違う、彼女自身の内側が湧き上がるアンニュイな空気を纏った伊藤を印象づけるようになっていった。

■「賭ケグルイ」「あさひなぐ」など着実に出演作を重ねていく

では、伊藤にとって“演じる”ことはなにを意味するのだろう?いまなら多分、演技も表現の一つとして捉え、本人もそのおもしろさに目覚めているだろうが、乃木坂46のメンバーとして出演していたころはガムシャラに役と向き合うばかりだったかもしれない。だが、本人が気づいていないだけで、この時期に彼女の芝居のスキルは高められたのは間違いない。「リング」の原作者、鈴木光司の短編小説を映画化した『アイズ』(15)で初主演&初ホラーに挑戦したかと思えば、乃木坂メンバーが多く出演する『あさひなぐ』(17)では主人公の東島旭(西野七瀬)が所属するなぎなた部の部長という大役を自分のものにした。

卒業後に出演したドラマ&映画「賭ケグルイ」でも原作コミックには出てこないギャンブル狂のオリジナルキャラ、犬八十夢を強烈なドヤ顔でまんまと体現していたが、どの役も生半可な気持ちでは務まらない。俳優、伊藤万理華のベースはこの時に確立したという見解も大きく外れていないはずだ。

■俳優としての才能を発揮した『サマーフィルムにのって』

そんな彼女が俳優の才能を開花させた最初の映画は、2021年の『サマーフィルムにのって』であることは多くの映画ファンが知るところだろう。伊藤が本作で扮したのは、あの勝新太郎をこよなく愛する時代劇オタクの女子高校生ハダシ。所属する映画部がキラキラ恋愛映画ばかり撮っていて、自分が撮りたい時代劇を作れずに悶々としている女の子だ。

それだけに、ハダシが武士役にピッタリの男子、凛太郎(金子大地)との出会いをきっかけに、幼なじみのビート板(河合優実)とブルーハワイ(祷キララ)を巻き込み、時代劇映画の制作に乗りだしていく展開がこの上なく気持ちいい。自分のやりたいことをやるために突き進む。そんなストレートなメッセージが多くの観客の胸に突き刺さり、彼らの心も踊らせた。だが、それもハダシのひたむきさと高揚感を伝える伊藤の前のめりの芝居に嘘がなかったからだ。第13回TAMA映画賞の最優秀新進女優賞と第31回日本映画批評家大賞の新人女優賞の受賞がそれを実証。彼女の知名度も格段にアップした。

■『もっと超越した所へ。』『そばかす』など映画に次々出演

ここからの快進撃が凄まじい。『もっと超越した所へ。』(22)ではクズの彼氏(オカモトレイジ)にもらった金のグリルズ(歯につけるアクセサリー)をつけてバカ笑いする金髪キャラになりきり、『そばかす』(22)では恋愛感情が湧かないヒロイン(三浦透子)の妊娠中の妹を等身大で好演。さらに、『まなみ100%』(23)では変わり者の主人公(青木柚)の舌がんを発症する先輩役に挑み、『女優は泣かない』(23)では崖っぷち女優(蓮佛美沙子)のテレビドキュメンタリーの撮影に挑む若手ディレクターを人間臭さ全開で演じているのだ。

また、ドラマ「パーセント」における障がいのある俳優たちとの息の合った芝居にも魅了されたが、出演作が多いだけではなく、味わいの違う作品で多彩なキャラクターを演じ分けられるのが伊藤のスゴいところ。この引き出しの多さと演技の幅の広さが彼女の強みであり、多くのクリエイターから愛される理由もここにある。

■『チャチャ』では、天真爛漫な”不思議ちゃん”に

こうして俳優としての実績を着実に積んできた伊藤だが、最新主演映画『チャチャ』で彼女が演じたタイトルロールの女の子は、これまでのどのキャラとも似ていない。なにもしなくても男性が勝手に寄ってくるうえ、そのことを自覚している。社長(藤井隆)に気に入られてイラストの仕事をすることになったデザイン事務所でも周りの女子たちからの自分に向けられた誹謗中傷を耳にするが、そんなの全然気にしていない様子。毎日、お気に入りの服を着て出社すると、好きなスタイルで絵を描き、好きな時に屋上でタバコを吸い、好きな時にダラダラする。そんなチャチャは野良猫みたいに人懐っこいところもある不思議なキャラクターだ。

ところが、屋上で出会ったいつも気だるそうな青年、樂(中川大志)と恋におち、彼の家に転がり込んだところから映画のほのぼのムードが、たちまち不気味なテイストに変わっていく。好きなように生きる前半のチャチャには自分を信じて邁進する伊藤との共通項が見え隠れするし、「好きな人の血を舐めてみたい」というチャチャのぶっ飛んだキャラが暴走する後半では猫のような美しい瞳を持った彼女の未知の魅力が覚醒。新たなる伊藤万理華を目撃することができる。

■今後も出演作が続く伊藤万理華の開花を目撃せよ!

とはいえ、進化し続ける伊藤万理華の旅はまだ始まったばかりだ。さらなる出演作も待機中で、清水尋也と高杉真宙がW主演した『オアシス』(11月15日公開)では、彼らが演じた裏社会で生きる若者たちの幼なじみで、数年前の事件で記憶喪失になってしまったヒロインを体当たりで熱演。『港に灯がともる』(2025年1月17日公開)では、1995年の阪神、淡路大震災で被災した神戸に住む在日コリアンの少女に命を吹き込んでいる。この色合いの違う2作を見ただけでも、彼女の本物志向はくっきり。実力派俳優のポジションを確実に手に入れつつある伊藤万理華から、これからも目が離せない。

文/イソガイマサト