自転車通勤は運動不足にどれくらい友好なのか? / Credit:canva

通勤、通学の手段には、徒歩や自転車といった体をよく動かす方法と、自家用車や公共交通機関(電車、バス)を利用する方法があります。

健康面を考えたら、体をアクティブに動かす方法が良さそうですが、実際のところ、どれほど効果があるのでしょうか?

今回、この疑問に答える研究が、英国・グラスゴー大学(The University of Glasgow)のルース・ダンダス教授を中心とする研究グループから発表されました。

その研究とは、スコットランドの労働者や学生を追跡調査したもので、アクティブな通勤、通学手段をとっている人は、病気やメンタルヘルスに対して効果があるというものです。

特に自転車利用者では8項目中7項目で統計学的にも効果が認められた一方で、交通事故による入院リスクが2倍になるという、ちょっと気になる結果も得られています。

この記事では、日本における自転車事故の現状も考察した上で、通勤、通学をアクティブに過ごせない人たちを含めて、健康的に過ごすための工夫を記していきます。

今回の研究成果は、学術雑誌『BMJ Public Health』に2024年7月16日付で公開されました。

目次

通勤、通学の魅力階段を使っても十分健康になれる

通勤、通学の魅力

体を動かすことは、体にも心にも良い効果がありますが、ジムやスポーツクラブで運動を続けることのハードルは高く、日々の生活における優先順位が下がってしまいがちです。

仮に通勤、通学をアクティブな手段にすることで、良い効果が得られるのであれば、一石二鳥のアプローチになり得ます。

今回、研究グループは、2001年時点で16~74歳であったスコットランドの労働者・学生の通勤、通学方法を調査した上で、2018年まで追跡しました。

なお、複数の手段を活用していた人は、そのうち、最も長い距離を移動した方法を通学、通勤の手段として扱いました(例えば電車移動が20km、徒歩移動が500mの人の場合は電車)。

分析では、年齢、性別、追跡期間前の健康状態などの影響も考慮した上で、非アクティブな手段の人たちと比べて、自転車、徒歩の人たちがどれぐらい健康であったのか、8つの健康関連項目と交通事故による入院の有無という観点から調べました。

その結果、徒歩、自転車のどちらであっても、健康効果が認められましたが、統計学的には、自転車通勤の方が多くの指標で効果が認められました(死亡、入院、メンタルヘルスの処方箋のリスクなど、8項目中7項目)。


通勤、通学をアクティブにすると、メンタルヘルスにも効果がある / Credit: 写真AC

アクティブな通勤、通学は、運動そのものを目的としなくても、運動をしたのと同じような効果が得られる点が魅力です。

新型コロナウイルスの流行以降、広まった在宅ワークには便利な側面もありますが、今回の結果を踏まえると、体を動かす機会が減り、不便になったという側面もあると言えます。

ただ、注意したい結果として、自転車通勤者は、交通事故による入院リスクが1.98倍になっていて、交通事故に遭遇するリスクも浮かび上がってきました。

ダンダス教授らも、自転車通勤者は交通事故による入院リスクが2倍になったという結果は、安全な自転車インフラの整備の必要性を裏付けるものだと述べています。

今回の研究は、ヨーロッパのスコットランドで行われたものですが、日本における自転車による交通事故のリスクはどの程度のものなのでしょうか?

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階段を使っても十分健康になれる

まず、警察庁の統計資料によると、2023年の自転車関連事故の件数は7万2339件で、前年に比べて増加傾向です。

また、全ての交通事故に占める自転車関連事故の比率も、2017年以降増加しています(23.5%)。

その一方で、死者数や重傷者数について、他の交通手段と合わせて見ると、歩行や自動車に比べて自転車の方が少ないことから、歩行や自動車の方が安全とは必ずしも言えないようです。

さらに、自転車総合研究所所長(当時)の古倉氏は、各移動手段の典型的な移動距離を考慮し交通事故の件数を検討した場合、自動車や徒歩に比べて自転車の危険性が高いとは推定できないことを示唆した上で、「主観的に危なそう」だから自転車を避けるのではなく、客観的なデータを考慮に入れた上で、健康効果が得られる自転車を活用する必要性を述べています。

以上の日本の事情を踏まえると、自転車通勤は健康を高めるための通勤・通学手段として、他の手段と比べても、十分推奨できるアプローチと言えます。

その上で、安全面により気を配るためには、昨年4月に施行された改正道路交通法によって努力義務とされたヘルメットの着用を徹底するなどの配慮が必要でしょう。


万が一のためにヘルメット着用などの対策は有効 / Credit: 写真AC

また、自転車事故のリスク対策として、自転車保険に加入しておくことも重要です。最近は自転車保険への加入を努力義務にしている自治体も増えています。

これは自転車で加害者側になることを想定していない人が多いため、予想外の高額な慰謝料を請求されて支払いに困窮する人が増えているためです。通勤などで自転車を利用する頻度が高い人は、こうした点も気にしておいた方が良いでしょう。

最後に、そもそも職場や学校が遠すぎて、徒歩や自転車での通勤、通学が非現実的だと感じる方に向けて、健康度を高めるためのちょっとした工夫もお伝えします。

2024年4月26日に欧州心臓学会の学術会議で発表されたメタ分析によると、約50万人のデータをもとにした結果、階段を上ることで死亡リスクや心血管疾患による死亡リスクが大幅に減少することが明らかになりました。


オフィス、学校の階段を上るだけでも健康効果が期待できる / Credit: 写真AC

したがって、自家用車や公共交通機関をメインに通勤・通学する人たちは、職場や学校で積極的に階段を使う工夫をするだけでも、健康効果が期待できるでしょう。

もちろん、普段はアクティブに通勤・通学する人でも、天候やスケジュールによって公共交通機関や自家用車を利用することがあります。また、通勤・通学時に体を動かさなくても、日よっては運動する人もいるでしょう。

その日の活動量が少なくなりそうな場合には、いつも以上に積極的に階段を使うのも意外と効果的かもしれません。

参考文献

令和5年における交通事故の発生状況について/警察庁
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/jiko/R05bunseki.pdf

自転車は車のなかま~自転車はルールを守って安全運転~/警察庁
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/info.html

【第17回】クルマや歩行に比べて自転車の危険性は高くない/公益財団法人 自転車駐車場整備センター
https://www.jitensha.jp/wp-jitensha/wp-content/uploads/2023/06/5df04529c69cfab0b42fcb648d5f6686.pdf

元論文

Health benefits of pedestrian and cyclist commuting: evidence from the Scottish Longitudinal Study
https://doi.org/10.1136/bmjph-2024-001295

ライター

髙山史徳: 大学では健康行動科学、大学院では体育学・体育科学を専攻。持久系スポーツの研究者として約10年間活動。 ナゾロジーでは、スポーツや健康に関係する記事を執筆していきます。 価値観の多様性を重視し、多くの人が前向きになれる文章を目指しています。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。