Credit: canva
「タバコが体に悪い」ことは耳にタコができるほど聞かされた話です。
ただタバコを吸っている本人はそうしたリスクを知った上で楽しんでいるわけですから、周りがとやかく口を挟むことではないでしょう。
しかしどうしても無視できないのが「受動喫煙」の問題です。
受動喫煙は本人が吸わなくても、近くの人が吐いたタバコの煙を吸ってしまうことを指します。
受動喫煙は肺がんや脳卒中のリスク増に関与することがわかっていますが、これと別に「片頭痛も起こしやすくする」との通説が噂されています。
この関連性は今まで明らかになっていませんでしたが、慶應義塾大学の最新研究で、受動喫煙にさらされると本当に片頭痛になりやすくなることが実証されました。
研究の詳細は2024年10月2日付で学術誌『The Journal of Headache and Pain』に掲載されています。
目次
受動喫煙で「片頭痛」が起きやすくなる?タバコの煙で片頭痛のリスク増!特に「女性」が注意
受動喫煙で「片頭痛」が起きやすくなる?
慢性的な片頭痛持ちは世界に約10億人もいるとされており、非常に普遍的な健康問題となっています。
片頭痛は血管が拡張して炎症反応を起こすことで、脳の片側あるいは両側がズキズキと痛んだり、ドクンドクンと脈打つような鈍い痛みが数時間にわたって続く症状です。
片頭痛持ちの患者の2割には「閃輝暗点(せんきあんてん)」といって、片頭痛が現れる前に視野の一部がチカチカするような前兆が起こります。
いざ片頭痛が起きると、少し体を動かすだけでズキンズキンと痛みが強くなったり、光や音、匂いなどに敏感になって、吐き気を催したりもします。
片頭痛持ちなら十分に理解しているように、この症状は日常生活に支障をきたすほど非常に辛いものです。
タバコの煙を吸うと片頭痛を起こしやすいのか? / Credit: canva
これまでの研究で、片頭痛が起きやすくなる要因には生活中のストレスや睡眠不足のほか、雨天時の気圧、香水の強い匂い、スマホやパソコンの見過ぎなど、さまざまな要素が関与することが分かっています。
それと同時に、片頭痛を誘発する因子として指摘されてきたのが「受動喫煙」でした。
家族や知人、あるいは職場や生活環境に喫煙者がよくいる人では片頭痛が起きやすくなる傾向が知られており、臨床現場ではすでに「片頭痛持ちの患者は喫煙者の近くに寄らないよう」指導されることもあります。
しかし受動喫煙で本当に片頭痛が起きやすくなるのか、その科学的な証拠はまだ得られていません。
そこで研究チームは今回、マウスを受動喫煙にさらして片頭痛が誘発されやすくなるのかどうかを検証しました。
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タバコの煙で片頭痛のリスク増!特に「女性」が注意
実験では受動喫煙が片頭痛に与える影響を調べるため、タバコの煙にさらしたマウスと煙にさらさなかったマウスの脳を比較しました。
特に片頭痛の指標として調べるのは「CSD(皮質拡延性脱分極、Cortical spreading depolarization)」という現象です。
CSDとは、大脳皮質における神経細胞の脱分極(だつぶんきょく)が同心円状に2〜5 mm/分で広がっていく現象を指します。
脱分極とは、細胞内の電荷分布が変化し、細胞内のマイナス電荷が細胞外よりも少なくなることです。
つまり、細胞内の電荷がプラス方向に変化していく現象を指します。
これまでの研究で、CSDが発生すると血管の拡張が促され、片頭痛を起こしやすい状態になることがわかっていました。
ヒトにおいても片頭痛の前兆期にCSDが生じており、このCSDの発生しやすさが片頭痛のなりやすさの指標となっているのです。
タバコの煙でCSDが発生しやすくなるかを検証 / Credit: 慶應義塾大学 – 受動喫煙が片頭痛に与える影響(2024)
またCSDは塩化カリウム(KCl)を大脳皮質へ滴下することによって誘発することができます。
そこで今回の実験では、マウスの大脳皮質に低濃度から高濃度の塩化カリウムを順に滴下していき、どの濃度でCSDが発生するかという「閾値(いきち:ここでは片頭痛を起こすのに必要な最低量の塩化カリウムを指す)」を調べてみました。
具体的には低濃度の塩化カリウムでCSDが発生するほど、つまり「閾値」が低いほど、片頭痛の感受性が高い(片頭痛になりやすい)と評価できます。
実験ではオスとメスのマウス25匹ずつ、生後8週齢(マウスはオスが生後8週齢で、メスが生後5週齢で性成熟に達する)を対象としました。
これを2つのグループに分け、一方をタバコの煙に1時間さらし、もう一方を何もせずに放置します。
その後、濃度の異なる塩化カリウムを大脳皮質に滴下したところ、オスマウスではタバコの煙の有無に関わらず、CSDの発生閾値に有意な差はありませんでした。
ところがメスマウスを見ると、タバコの煙にさらされたグループは何もせずに放置されたグループに比べて、低濃度の塩化カリウムでもCSDが発生するようになっていたのです。
このことはメスマウスが受動喫煙にさらされたことで片頭痛の感受性が高くなっていたことを示す証拠です。
受動喫煙にさらされたメスで有意な差が見られた / Credit: 慶應義塾大学 – 受動喫煙が片頭痛に与える影響(2024)
この結果はヒトとも密接に関連すると考えられます。
というのも実は、ヒトにおいても片頭痛が特に発生しやすいのは「20〜40代の女性」であり、そのリスクは男性より3.6倍も高いことがわかっているからです。
マウスのメスやヒトの女性で片頭痛が起きやすい理由には、いくつかの要因が関与しています。
1つは「エストロゲン」などの女性ホルモンの作用です。
エストロゲンは脳の興奮性に影響を与え、片頭痛を起こしやすい状態にしていると指摘されています。
女性は月経周期などでエストロゲンを含むホルモンバランスが定期的に乱れるため、男性よりも片頭痛を起こしやすいのです。
もう1つは「神経系の感受性」の問題です。
過去の研究では一般に、女性の神経系の方が男性のそれよりも環境ストレスや外部刺激に敏感であることが示されています。
こうした感受性の高さが女性に片頭痛を誘発させる引き金となっています。
おそらく、今回の受動喫煙に関しても同じ理由でメスマウスの方がタバコの煙に敏感に反応してしまったのでしょう。
以上の結果はまだヒトで確認されていないものの、受動喫煙が特に女性において片頭痛リスクを高める可能性があることを十分に示すものです。
片頭痛をうまく回避するには、適切な睡眠や運動、食事といった生活習慣の改善が進められてきましたが、これに加えて「タバコの煙」を回避することも意識した方がいいかもしれません。
参考文献
受動喫煙が片頭痛に与える影響-マウスを用いた検討-
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2024/10/7/28-162332/
元論文
Effects of passive smoking on cortical spreading depolarization in male and female mice
https://doi.org/10.1186/s10194-024-01867-3
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部