泣くとスッキリする?呼吸のコントロールが上手くなっていた! / Credit: Unsplash
なぜ泣くと気分が晴れたり、落ち着いたりするのでしょうか。
蘭ティブルブルフ大学のリア・シャーマン(Leah Sharman)氏らの研究チームは、参加者に悲しい動画を見てもらい涙を流させた後にストレス課題を課す実験を行いました。
実験中には参加者の心拍・呼吸活動をモニターし、また課題終了後には参加者の唾液のサンプルを採取し、唾液中のコルチゾール・レベルを測定しています。
実験の結果、涙を流さなかった人と比較して、感傷的な動画を見て涙を流した人は、ストレスホルモンのレベルと耐性に差はなかったものの、呼吸のコントロールが上手くなり、ゆっくりになっていたことが確認されました。
この結果から、泣いた後の気分が晴れた、あるいは落ち着く感覚は、ストレス耐性が強くなっているのではなく、呼吸のペースがゆっくりになり、心身が落ち着いた結果なのではないかと考えられます。
研究の詳細は、学術誌「Emotion」にて2019年7月8日に掲載されました。
目次
泣くと痛みに強くなるのか泣いても痛みに対する耐性は変わらないが、呼吸の制御が上手くなる
泣くと痛みに強くなるのか
泣くと痛みに強くなるのか / Credit: Unsplash
人はなぜ涙を流すのでしょうか。
涙は、喜びや悲しみ、怒りなどさまざまな感情によって引き起こされ、見ている相手に対し感情を表現する手段の一つでもあります。
泣くというと「赤ちゃん」を思い浮かべる人も多いでしょう。
子どもの時期の泣く行為が持つ機能は、養育者の注意を引きつけ、ケアを引き出すことだと考えられています。
しかし「泣く」ことは子どもだけでなく、大人になってからも続きます。
いままで涙をなぜ大人が流すのかについて明らかにされてはおらず、大人が泣くことはマイナスであるとの主張が多くなされてきました。
たとえば、泣いている人は、虐待やいじめなどにさらされるリスクが高く、能力が低いとの評価を得やすいという負の側面が多く報告されています。
では「泣く」行為にはポジティブな効果はないのかと言われると、そうではないように思えます。
読者の方にも涙を流すことで悲しみや怒りがましになり、気分がスッキリしたなど、プラスの効果を得ることができた経験をした人が多くいると思います。
涙を流すことで心理的な痛みが和らぎ、気分がスッキリした / Credit: Unsplash
近年に行なわれた、クロアチアのリエカ大学のアスミール・グラカニン(Asmir Gracanin)氏らの研究では、泣く行為と痛みに対する耐性の関係性について調べています。
彼らは「泣く」行為が痛みに対する耐性の強化や気分の改善をもたらすのではないかと疑問を持ち、涙を流した参加者に電気ショックを与える実験を行いました。
実験に参加したのは女子大学生60名です。
実験者は参加者を以下の2つのグループに分けました。
実験群:悲しい動画を見て涙を流す
統制群:感情的な場面のない動画を見る
痛みに関しては、動画の視聴前後に、参加者の左前腕の内側に徐々に強くなる電流(0 mAから6 mA)を流し、電流を感じたときと痛みを感じ始めたとき、痛みに耐えることが難しく辞めたいときにボタンを押してもらいました。
痛みの目安ですが、1 mAの電流はびりっと感じる程度で、5 mAの電流はとても痛く感じるようです。
また同時にその時の気分についても回答してもらっています。
さて涙を流すことで痛みに対する耐性が強くなったり、ネガティブな感情が晴れたりするのでしょうか。
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泣いても痛みに対する耐性は変わらないが、呼吸の制御が上手くなる
実験の結果、涙を流したか流さなかったかで電流による痛みの感じ始めと我慢の限界だったときの電流の強さに違いはありませんでした。
実験の結果を改変 / Credit: Gračanin et al., (2022).
また泣いた人は、泣かなかった人と比較して、ネガティブな気分が増していました。
この結果は、泣く行為がネガティブな感情を増すだけで、痛みに対する耐性が強くなるわけではないことを示唆しています。
では泣いた後に気分がスッキリしたり、落ち着く感覚は何によって生じているのでしょうか。
この疑問のヒントになるかもしれないのが、泣く行為とストレス反応の関係性を調べた、蘭ティブルブルフ大学のリア・シャーマン氏らの研究です。
彼らは前述したグラカニン氏とは違い、参加者が泣いた後に痛みではなくストレスを与え、その反応が泣かなかった人と比較してどう変わるのかを検討しています。
実験では女子大学生197名を①悲しい動画を見て涙を流した人と、②悲しい動画を見て涙を流さなかった人、③感情的な場面のない動画を見る人の3つのグループに分け、冷水(5℃)に非利き手の前腕を最大で3分間、我慢できるまでつけてもらいました。
実験中には参加者の心拍・呼吸活動をモニターし、また課題終了後に参加者の唾液のサンプルを採取し、唾液中のコルチゾール・レベルを測定しています。
実験の結果、泣いた人は泣かなかった人とでは冷水に我慢する時間とコルチゾールのレベルに違いはありませんでした。
ただし涙を流した人は呼吸を調節する能力が高くなったのか、呼吸のペースがゆっくりになっていたのです。
実験の結果を改変。 / Credit: Sharman et al., (2019)
これらの結果から考えられるのは、泣くと気分が落ち着いたりするのは、ストレスや痛みに対する耐性が強くなるからではなく、呼吸がゆっくりとしたペースになったからではないかということです。
研究チームは「泣くことは身体的ストレスに対処する能力に意味があるほどの変化をもたらすと思えない。次にこれが私たちの主な発見だが、泣くことは呼吸と心拍数を遅くし、調節することで、私たちの身体を安定させ、穏やかに保つのに役に立つのではないかと考えられる。」と述べています。
泣く行為は前述したとおり、周りからの非難やネガティブな評価を受ける負の側面が存在することも事実で、周りの人がいる状況で「泣く」のはみっともないと幼いころから教育を受けます。
しかし泣くことはそのような負の側面だけでなく、呼吸を整え、悲しみや怒りからいち早く回復する有効な手段なのかもしれません。
【編集注 2023.01.26 09:45】
誤字について修正して再送しております。
参考文献
Crying may help to regulate breathing — according to new research
https://www.psypost.org/2019/07/crying-may-help-to-regulate-breathing-according-to-new-research-54077
Is a Good Cry Really Good for You?
https://www.psychologytoday.com/us/blog/fulfillment-any-age/201908/is-good-cry-really-good-you
Crying might help regulate breathing, new study finds
https://www.salon.com/2019/07/29/crying-might-help-regulate-breathing-new-study-finds/
元論文
Using crying to cope: Physiological responses to stress following tears of sadness
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31282699/
Crying does not alleviate acute pain perception: Evidence from an experimental study
https://www.semanticscholar.org/paper/Crying-does-not-alleviate-acute-pain-perception%3A-an-Gra%C4%8Danin-Hendriks/221db2f97ad15c04d58e520d55c42e5dd3ed723c
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしていました。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。