人生最大のスランプを克服するために取り入れたメンタルケア
新たな環境に身を置き、再度大きな風に乗っていくのかと思いきや、雄大さんは選手として最大のスランプに陥ってしまいます。競技に対するモチベーションが下がり、大会に出場するも結果が振るわない日々。その原因は何年も大会に出続けたことによる、「マンネリ化」なのだそう。
「世界選手権は競技の枠組みや試合の構成が日々変化しますし、憧れの選手に挑戦できることもすごくワクワクする。一方、日本国内の大会は変化が少なく、おもしろさを感じられずにいました。そういった要因からメンタルの揺れが生じ、成績も悪くなっていきました」
そんな不調から抜け出すきっかけになったのが、雄大さんを一番近くで支えている妻・華菜子さんのアドバイスでした。笑顔が失われた雄大さんに対して「なぜ楽しくなくなってしまったのか」「どうしてモチベーションが失われてしまったか」と丁寧に問いかけてくれたのです。
「気球は、気象学などを学び科学的に風を読み解くロジック型の選手と、経験や直感で風を読む感覚型の選手がいるんです。ロジック型の選手はどんな環境でも一定のパフォーマンスを出しやすいのですが、感覚型の僕はその時々のメンタルにパフォーマンスが左右されてしまうんです。
妻は感情をしっかり言葉にして相手にちゃんと伝えたり、解決策を見出したりしていくことが得意なんです。彼女のアドバイスを取り入れながら、それまで疎かにしていたメンタルケアに力を入れていきました」長期的にメンタルケアを行なう中で、雄大さんは段々と自身の不調の理由を客観視できるようになっていったといいます。取材に同席していた華菜子さんの「素直にアドバイスを受け入れて実践していたよね」という言葉を受け、雄大さんは話します。
「僕自身、ダメなところはいっぱいあると自覚しているんです。不満なことがあればすぐにテンションが下がってパフォーマンスが落ちるというメンタル面は最たる例ですよね。しかし、気球の操作技術にだけは自信がある。それが、僕のブレることのない軸なんです。その軸があるからこそ、変なプライドを捨て、素直に周囲の言葉を受け入れられたのだと思います」
華菜子さんのアドバイスを受けた雄大さんは、メンタルケアのために取り入れた筋トレやヨガに加え、家の敷地にある畑の土いじり、愛犬のエマちゃんと遊ぶこと、飼育している鶏たちの世話など、生活の中に「楽しみ」を増やすにつれてライフスタイルが大きく変化したといいます。
「大会の1カ月くらい前から、自分が『楽しんでいる状態』を維持できるよう心がけています。朝早くフライトの練習をして、家に帰ったら庭の畑で土いじりをして、野菜の成長を見る。土や野菜から活力をもらえますし、もやもやすることがあっても、土をいじっていたら気分が紛れます。愛犬や鶏と過ごす時間にも癒されていますね」
練習場所を求めて拠点を栃木県に移した藤田さんの自宅には、気球機材を保管する倉庫のほか、畑や鶏小屋が併設されている
(広告の後にも続きます)
世界一の気球操縦士の意外なご褒美
生活の中に楽しみを散りばめ、規則正しい生活を送る。そうしたメンタルケアの方法を実践しながら、モチベーションを劇的に高める「起爆剤」があるのだと雄大さんは続けます。それが、趣味であるゲーム。大会でいい結果を納めたらご褒美としてゲームを買うことにしているのだそうです。世界一の選手がそんな方法でモチベーションを維持しているとは意外ですが、「一番大事なのはご褒美」と雄大さんは笑います。
「20年近く競技をやってきたら、どうしてもマンネリは避けられない。そこで、ご褒美が必要だ!と思ったんです。ゲームのソフトは普段は買わないことにして、大会で結果を出せた時にご褒美として買えるというルールを決めました。小学生みたいですよね(笑)」
一度はじめると数時間プレイしてしまうというゲーマーっぷり
少し照れ臭そうにそう語る雄大さん。しかし、選手としてモチベーション維持に悩むことはあっても、「気球に乗らない人生」が頭によぎったことは一度たりともないのだといいます。なぜ、気球に乗り続けるのか。そう問いかけると、「気球が好きだから」と力強い返答が。その答えには一点の曇りもありません。
「バーナーを握っていると自然と笑顔がこぼれ出ちゃうんです。その瞬間に、僕は気球をするために生まれてきたんだと再確認するんです。気球の競技人生ってとても長くて、60代でも現役のトップ選手がたくさんいるんですよ。僕もまだまだこれから。もう一度世界一に返り咲けるよう練習に励んでいきます」