岩佐歩夢が自身プロデュースのイベントを開催する理由……認知度拡大がF1シート獲得の”重要な要素”「レッドブルからのタスクのひとつです」

 レーシングドライバーは、与えられたマシンから最大限のパフォーマンスを引き出し、そして誰よりも速くサーキットを走る、そういう職業である。そのために自らの身体を鍛えて最適な状態に保ち、エンジニアやメーカーと話をしてデータを解析し最適なマシンを作り上げる……そういうことに日々を費やす。

 ただモータースポーツは、お客様が支払ってくれる観戦チケットの収入、テレビの放映権料、そしてスポンサーフィー……そういう収入があって初めて成り立つ、エンターテインメントビジネスでもある。そのため、チームも個々のドライバーも、多くの注目、多くのファンを集めなければいけない。それを手にしていれば、ドライバーとしての価値も当然上がる。上位のカテゴリーになればなるほど、その重要性はより顕著になっていく。

 近年ではその重要性が特に増している。例えばF1は、NetflixのF1ドキュメンタリー番組『Drive to Survive(邦題:栄光のグランプリ)』の大成功により、アメリカを中心に人気が拡大。この番組により、個々のドライバーひいてはチーム代表にも熱烈なファンがつき、かつてないほどの規模のエンターテイメントビジネスへと成長を遂げた。

 日本のドライバーの中でも、自らのブランディングを高め、そしてモータースポーツへの興味・関心を創出しようとする動きが近年目立つようになってきたように思う。そして今年、そういう部分に特に力を入れているドライバーのひとりが、今季からスーパーフォーミュラに参戦している岩佐歩夢だ。

 岩佐は昨年までFIA F2に参戦。そこでF1参戦に必要なスーパーラインセンスの発給要件を満たし、F1昇格前の最終準備として今季日本に”戻って”きた。先日の富士戦を終えた段階でまだ優勝には届いていないものの2位3回……ドライバーズランキングでは4番手と、まずまずのポジションにつけている。

■ヘルムート・マルコからの”宿題”

 そんな岩佐は、日本での自らのファン、そして日本のモータースポーツファンを増やすため、自身プロデュースのイベントを行なったり、SNSで積極的に発信したりと、汗をかいている。

「僕がプロデュースするイベントを2回やって、今年からSNSも強化しました。F2に参戦している時……海外にいる時にはSNSを全然使えていなかったんです。正直、使う余裕はありませんでした」

 そう岩佐は説明する。

「認知度だったり、ファン獲得やSNSというところも、F1のシートを獲得する上で重要な要素だというところが、年々大きくなっています。それが、自分の目で見えてますし、実際にレッドブルから言われているタスクのひとつでもあるんです」

 岩佐は鈴鹿サーキット・レーシングスクール(現ホンダ・レーシングスクール鈴鹿)出身。今はホンダのドライバーでもあり、レッドブルジュニアの一員でもあるという立場だ。そしてレッドブル・グループの中では、次期F1ドライバー有力候補だ。

 ただその有力候補は岩佐だけでなく、複数人いる。そこから抜け出すためには、パフォーマンスはもちろんだが、ファンの強力な後押しも本当の意味で力になるということなのだろう。それが、レッドブルを動かすことになるのかもしれない。

「スーパーフォーミュラへの参戦が決まったタイミングで、レッドブルの人、それこそマルコ(ヘルムート・マルコ/レッドブルのモータースポーツアドバイザー)さんと話した時に、『スーパーフォーミュラに出るからには、日本で過ごす時間もあるわけだから、その隙間時間をしっかり有効活用して、日本での認知度拡大だったり、ファンを増やすために活動してきなさい。そして認知度がある状態で、F1というフィールドに上がってきなさい』ということを言われました」

■モータースポーツファン以外にも楽しんでもらえるモノを

 岩佐はSNSのみならず、自らがプロデュースすると銘打ったイベントを三重の長島と、大阪の門真で実施。多くのファンが集まった。この手応えはどうだったのか?

「SNSもイベントも、全て影響あるんだなというのを実感しました。長島のイベントの後は、スーパーフォーミュラのピットウォークなんかで『行きました!』と声をかけてくれた人がすごく多かったですし、SNSでいただくコメントも変わってきた気がします」

「これまでだったら……既存のモータースポーツファンに対するイベントだったら、トークショーとサイン会でいいと思うんです。でも僕は今、新規ファンの獲得や認知拡大というところもターゲットにしています。ですから、ファンじゃない人の目に留まらなきゃいけない。僕のことを知ってもらったり、モータースポーツへの興味を持ってもらうためのきっかけ作りとして何がいいかなと思った時に、感じてもらう、体験してもらうということを重視して、先日の門真でのイベントを企画しました」

 この門真でのイベントでは、レーシングカーのシミュレータを体験できただけでなく、反射神経を鍛えるシステムや実物のレーシングカーからいかに早く脱出できるかを測る”ジャンプアウトテスト”も体験できた。それ以外にも、写真を撮れるスポットもたくさん用意……とにかく数多くの体験ができるような仕掛けが盛り込まれていた。

「モータースポーツってこうなんだ、レーシングドライバーってこうなんだっていうことを体験して興味を持ってもらうことをターゲットにしました。その結果、イベントを知らずにお買い物へ来た人たちも足を止めてくれました」

■”本当に”岩佐本人がプロデュース

 しかも素晴らしいのは、それらのコンテンツのひとつひとつを、岩佐自身が発案し、企画しているということだ。名前だけでなく、真の意味で”岩佐プロデュース”のイベントなのだ。

「本当に色々と試行錯誤です。イベントをやるまでに、自分でも色々としっかり考えています」

「もちろん、やりたいですと言って、それで内容はお任せしてしまっても、イベントとしては成り立つかもしれません。でも、自分が思い描いているモノには多分ならないと思います。それじゃあ意味がないんです」

「トレーニングしながら、別に頭を使わなくてもいいような時に、何をしたらファンの人が喜んでくれるか、どういうモノがいいか……こういうことをしたら問題が起きそうだなということも考えています」

「それでも、レースに支障が出ないようにするというのは、やっぱり気をつけました。レースに使ってきた100の力を90にして、捻出した10でイベントをやるということじゃ意味ないと思います。レースに向けては100の力を使い続け、そこにプラス10、20と付け足してイベントのことに頭を使うようにするというのは、自分の中で大切にしてました」

■日本のモータースポーツ人気を高めるために必要なこと

 とはいえ現在の日本では、モータースポーツの人気がそれほど高いわけではないのも事実だ。テレビのニュース、新聞などで大きく取り上げられることも正直少ない。

 この状況を打破するためにはどうすべきか? それについて岩佐に尋ねてみた。

「難しいことだと思います。個人的なプロモーションなら、人ぞれぞれ違うと思います。ブランディングや、それぞれの売り方も色々とあると思います」

「でも結局はそれも、モータースポーツというか車の業界の中でどれだけ売れるか、広まるかということになりがちかなと思います。そうじゃなくてその外、車だったりモータースポーツのファンじゃない人たちに向けて何ができるか、どう興味をもってもらえるかということについては、違う考え方をしていかないといけないです」

 世界でトップの成績を残す日本人ドライバーが登場すれば、自ずと人気が上がるのではないかという意見を聞くこともある。しかし岩佐は、今の日本では、成績を残しただけでは、認知度が上がることはないのではないかと危惧しているようだ。

「野球をはじめとしたメジャーなスポーツならば、それぞれのアスリートがそれぞれの仕事、競技でのパフォーマンスに集中していても、そもそもの認知度があるからいいと思います。でも、一般的な認知度がない我々みたいなスポーツは、ドライバーだけではできないし、メディアさんも含め、モータースポーツに関わる全員で、この輪を外にもっと広めていかなきゃいけないというイメージは持っています」

「F1で可夢偉(小林可夢偉)さんが3位になったり、角田(角田裕毅)選手が1年目のアブダビで4位になったり、ああいうのも本来ならば良い話題のはずです。ひとりでF1に乗って、世界で見ても3番目、4番目という成績なんですからね。でもそういうのが、メジャースポーツと同じように取り上げられていない気がします」

「そういう結果がちゃんと取り上げられているならば結果が全てと言えるんですけど、何か自分の中でひっかかる部分があるんです。結果だけで全てが変わるとは、感じていない……何かあるんだろうなとは思うんですけどね」

「正直、そこまで考えるキャパシティが、僕にはありません。でも、イベントをやることによってこういうメリットがある、そのメリットのためにイベントをやるためにはどうしたらいかということまでは自分で考えながら……それこそ生活の中で時間を少し割いて、その空いている時間に頭を使って考えて実行するということはできる範囲でした。ですので、イベントやSNSに今はチャレンジしています」

 なお岩佐は、今後も自身プロデュースのイベントを開催していきたいと考えているという。ただ、開催場所・時期はまだ未定だ。

「本当に未定ですけど、今お伝えできるのは、継続的にというか……僕がスーパーフォーミュラに出ていなくても、F1やそのほかのどこかへ言っても、そういう活動は継続的にやりたいです。スーパーフォーミュラにいたからイベントやりました……じゃなくてです」