2024年のホンダ陣営は、底を打ったと思われた2023年よりもさらに低迷する状態が続いている。第16戦日本GPを終えて、ホンダファクトリーのレプソル・ホンダ・チームはチームランキングで11チーム中最下位の11位。コンストラクターズランキングでは、ドゥカティの574ポイントに対し、ホンダはわずか56ポイント。昨年は総計で185ポイントを獲得しているので、シーズンが残り4戦となった今年はその半分にも届かないであろうことはほぼ確実だ。
チャンピオン争いはもとより、各曜日のセッションで重要な位置を占めることもないため、ピットボックスの様子やライダーたちが国際映像に映り込むこともほとんどない。転倒時にせいぜい数秒映るかどうか、といった程度だ。
そんなホンダが、第16戦日本GPでは走行初日の金曜からパドックの話題を席捲した。アプリリアの技術を束ねるロマーノ・アルベシアーノが2025年からHRCのテクニカルディレクターに就任することが明らかになったからだ。
アルベシアーノは、アプリリアの上級副社長だったジジ・ダッリーニャがドゥカティへ移籍した際、その後任として同陣営の技術を束ねる地位に就いて、2014年にWSBK(スーパーバイク世界選手権)でチャンピオンを獲得した。
2015年からアプリリアは、RS-GPでMotoGPに参戦を開始した。参戦当初の戦闘力はかなり厳しい状態だったが、現在ではKTMとともに最大勢力のドゥカティに迫る力を蓄えて、表彰台や優勝を達成する強さを持つ陣営に育て上げた。アプリリア陣営のキーマンとも言えるそのアルベシアーノが、いわば最底辺で低迷を続けるホンダへ移るというのだから、話題にならないわけがない。
この情報を知った選手たちは、一様に歓迎の意を表明した。
「他ブランドの技術者から情報を獲得するのは、バイクを大きく変更していくためにも極めて重要だ。日本のものづくりの品質の高さは、2台の異なるバイクがあってもまったく同じフィーリングで走ることができるくらいのレベル。仕事の質はふたつのプロジェクトを同じレベルでバランスさせることができるほど高いけれども、それが現在の自分たちの限界で、車体にしてもエンジンにしても進むべき方向性を見いだせずにいる。加速の課題はずっと抱えているので、それが解決してくれることを望みたい」(ヨハン・ザルコ/LCRホンダ)
「ロマーノの経験を考えてみると、5年前はたぶん今の僕らと同じような状況で、戦闘力の低さに苦しんでいた。そんな状態から、アプリリアは大きな進化を成し遂げてきた。HRCと比べれば小さな企業で、対応のスピードも迅速だっただろうから、その部分の改善もHRCにきっと提言できると思う」(ジョアン・ミル/レプソル・ホンダ・チーム)
「ロマーノは知識も経験も豊富で、アプリリアはここ数年で非常に高いレベルの仕事をしていると思う。だから、彼がこちらにやってくるのはほんとうに朗報だ。最高の形で彼を受けいれて、日本人の中にいても家族のように遇していきたいと思う。彼が来てくれることは僕たちにも非常に心強い。今シーズンのアプリリアの長所はエッジグリップで、旋回時の60°から40°へ引き起こす最初のピックアップがすごくいい。この領域のグリップは、全グリッドでアプリリアがもっとも優れていると思う。その部分を理解して改善するために、ロマーノは大きな助けになってくれるはずだ」(ルカ・マリーニ/レプソル・ホンダ)
■アルベシアーノを”宝の持ち腐れ”にしないために
このように、ホンダ陣営のライダーたちはいずれもアルベシアーノの陣営参加に高い期待を寄せているが、一方では懸念も口にしている。グランプリを戦う国際チームといえども、ホンダはやはり基本的には日本の組織である。
パドックのピットボックスでは様々な国籍のメカニックたちが働いているが、日本の朝霞研究所で仕事をしているのは日本人の技術者たちだ。アルベシアーノはそこへ新たに〈テクニカルディレクター〉として就任するわけだが、長年彼が過ごしてきたイタリア企業とは当然、組織の風土も文化も異なる。ライダーたちが気になるのは、やはりその部分のようだ。
「ロマーノの移籍といっても、やってくるのは彼ひとりだけだ。新しいアイディアを持ち込んできてくれるだろうし、それがきっと力にもなるだろうけれども、イタリア人のグループがやってきて日本のファクトリーの中でイタリアンミュージックを奏でる、というわけじゃない」(ヨハン・ザルコ)
「日本の技術者たちは能力も技術水準も非常に高いけれども、改善していくための対応スピードはもう少し上げていく必要があると思う。あれこれとリクエストを出しても、上がってくるとほんの少ししか変わっていなかったりする。それではとても前を走る連中との差を詰めることができない」(ジョアン・ミル)
「仕事をするのは、同じ人々であり技術者たちだ。ロマーノはいわば、同じ目標に向かってアイディアや情報をシェアする1名分の『上乗せ』になるわけで、彼がやってくることで長年培ってきたホンダの哲学がガラッと変わるわけではないと思う。だから、もう少し調整やコミュニケーションが必要なのだろう。もっとダイレクトにコース上やピットボックスで起こっていることと日本を繋いで、技術者たちとの会話ももっと密にしてゆくことで、この部分の繋がりを深めてゆくことが大切なのだと思う」(ルカ・マリーニ)
彼らが指摘しているのは、要するに、アルベシアーノに大きな裁量を与えて自由に仕事をさせる環境を作らなければ宝の持ち腐れになってしまう、ということだろう。せっかく卓越した人材を外部から招いておきながら、従来の組織の中に無理矢理押し込み、今までどおりの仕事の進め方を続けさせて、結局はせっかくの才能を活かせずに使い潰してしまう、という例は、おそらく日本の至る所で過去から現在に至るまで枚挙にいとまがないほど発生している。
その一方では、劇的な成功を収めるケースももちろんある。レースの世界だと、1990年代末のスズキにその実例を見ることができる。
ケビン・シュワンツ以降、ホンダやヤマハにどうしても勝てない時代が続いたスズキは、ライダーにケニー・ロバーツJr.を抜擢し、技術面を束ねるテクニカルアドバイザーとしてウォーレン・ウィリングを招聘した。この大型人事を断行したのが、当時のスズキで二輪レース活動を指揮していた繁野谷忠臣だ。
繁野谷は日本の技術陣に対し、「ウォーレンの指示は全部聞け」と明快で徹底した指揮系統を構築した。
「日本のスタッフには不満もいっぱいあったんだけどね、『とにかくウォーレンの言うことは絶対だと思って従え』という体制を作りました。これがケニーJr.には非常にいい方向に働きました。『おまえが必要なものなら何でも用意する』とわたしが言うと、ケニーも『絶対にあんたを後悔させない』と言ってくれましたから」
かつて繁野谷に取材をしたとき、当時の組織づくりの要諦をそんなふうに説明した。
この明確な命令系統と強固な信頼関係が礎となって、スズキは一気に強さを取り戻した。ケニー・ロバーツJr.は移籍初年度ながら開幕2連勝を飾り、ランキング2位。翌年には最高峰へ昇格してきたバレンティーノ・ロッシを抑えて、チャンピオンを獲得した。
このときの繁野谷が「ウォーレンの指示は全部聞け」と日本人技術者たちを問答無用で従わせたような、単純明快で風通しのよい組織作りをHRCができるかどうか。つまり、それまで長年、日本型のものづくり集団として培ってきた職人集団のプライドを捨ててでも勝利を摑むために、まったく技術思想の異なる外様の指示に従うことができるかどうか、ということだ。
HRCという組織でMotoGPの技術を束ねる地位に日本人以外の人物が就くのは、おそらくこれが初めての試みだ。どうせ変化を求めるのならば、今までになかったような大がかりな改革を行ない、まったく新しい組織に生まれ変わるところを見てみたいと思う。