堂本剛27年ぶりの単独主演映画『まる』が10月18日から全国公開となる。たまたま書いた「〇」がなぜか評判を呼び、正体不明のアーティスト“さわだ”として突如、有名人となった主人公・沢田が体験する奇想天外な出来事を描いた物語だ。

 本作で、堂本扮(ふん)する沢田と共に働くミャンマー出身のコンビニ店員“モー”を好演しているのが、役と同じミャンマー出身の森崎ウィン。大ヒット作『かもめ食堂』(05)をはじめ、常に独特の世界観が注目を集める荻上直子監督と共に、役や作品に込めた思いを語り合ってくれた。

-劇中には、売れない漫画家の隣人・横山(綾野剛)をはじめ、有名になった主人公・沢田を自分のために利用しようとする人物が多数登場しますが、森崎さん演じるモーだけは異なります。荻上監督がモーに託した思いを教えてください。

荻上 沢田を挟んで、横山とモーくんは対照的な存在だと考えていました。横山は煩悩まみれでネガティブな思いをいくつも抱えているのに対して、ピュアで心優しいのがモーくん。沢田がその両方から影響を受けるという構図にしたかったんです。コンビニで働く外国の方って、たくさん嫌な目に遭っているはずなのに、それでも誠心誠意、仕事をしている姿が、そういうキャラクターにぴったりだと思って。実際は、そうとは限らないのかもしれませんが…。実は先日、タイに行ったんですけど、怒鳴る人がいないんですよね。

森崎 いませんね。みんな笑顔で。僕も最近、撮影でタイにいたんですけど、タイ人スタッフばかりの現場では、怒鳴り声が一切聞こえないんです。

荻上 森崎さんの国も、そういうところあります?

森崎 似ていますね、隣の国だけあって。気候や流れる時間の速さも。

荻上 仏教国、と一括りにするのはよくないのかもしれませんが、そういう影響は大きいのかなと。

森崎 それはあると思います。

荻上 そういうこともあり、モーくんを「純真な生の象徴」と考えていました。キャスティングの段階では、当て書きしたわけではないのに、最初から「森崎さんしかいない」という話になって。

森崎 本当ですか。

荻上 そうなんです。ただ、森崎さんは日本語が完璧なので、発音にアクセントのある役をどう思われるかだけが気がかりでした。

森崎 抵抗はなかったです。むしろ、ミャンマー出身という自分とアイデンティティーが共通する役を演じられることを、ありがたいと思っていたくらいで。だから、僕にしかできない表現がこの映画の1ピースとしてはまるのであれば、ぜひやらせてくださいと。

-荻上監督が脚本に書かれたミャンマー出身のモーという役に、違和感はなかったと?

森崎 全くありませんでした。僕は幼い頃に両親と一緒に来日したので、出稼ぎで、自分の学費も稼ぎながら学校に通っている方たちとは事情が異なりますが、コンビニでアルバイトした経験はあるので、モーくんのように嫌なことを笑顔でやり過ごす気持ちはよくわかります。小学生のときは、いじめにも遭いましたし。僕の周りにも、モーくんのようなアクセントで話す人がいて、劇中のように差別を受けた話も聞きますから。そんなふうに、リンクする部分が多かったので、違和感なく演じさせていただきました。

荻上 現場で見ていて、森崎さんはモーくんと同じような純真さを持った方だと感じました。とても素直で、役者としての勘も素晴らしく、モーくんにぴったりだなと。

森崎 ありがとうございます。

 

-モーが沢田に告げる「福徳円満、円満具足」という印象的なせりふが生まれた経緯を教えてください。

荻上 元々、「〇」というモチーフ自体が、ひらめきから生まれたものだったんです。そこからどのように物語を作っていこうかと調べるうち、仏教にある「円相」や「福徳円満、円満具足」という言葉にたどり着いて。

森崎 僕はそれを「生きて、歩いて息が吸えることが幸せ」と、自分の現状に満足することを促す言葉と捉えました。それを伝えて、突如有名になってしまった自分の境遇に戸惑っている沢田さんを励ますようなニュアンスなんだろうなと。剛さんとのお芝居も、事前に打ち合わせするわけでもなく、その場で起きたことに反応しながら会話をしていったら、自然と出来上がった感じです。

-初参加となった荻上監督の現場はいかがでしたか。

森崎 すごく楽しかったです。一つずつテストしながら丁寧に進めていく様子が、映画ならではだなと思って。中でもお気に入りは、横山がコンビニにやってくるシーンです。脚本を基に、どこまでも役を膨らませていく綾野さんが素晴らしくて。監督とのお話が盛り上がり、最終的には哲学的な話にまで広がっていったんです。その様子がとても映画らしく、大好きな瞬間でした。あまりにうれしすぎて、コンビニのカウンターの奥でこっそり「ふふっ」とほくそ笑んでいたくらいです(笑)。

荻上 堂本さんや綾野さんをはじめ、キャストの皆さんが、この映画が1ミリでも面白くなるにはどうしたらいいか考え、いろんなアイデアを出してくださったんです。とてもありがたかったです。

-荻上監督は、堂本さんを主演にした理由について「テレビで見た堂本さんがつらそうな様子に興味をひかれた」と語っていますが、荻上監督の作品は『かもめ食堂』から最近の『波紋』(22)まで、「生きづらさからの逃避」というモチーフが共通している気がします。その点、この作品では生きづらさを感じている沢田の逃避先がモーだと感じました。そういうものを自覚的に描いている部分もあるのでしょうか。

荻上 そうですね。私も含め、今の世の中、生きづらさを感じている人は多いと思いますし。

-その点に共感する人は多い気がします。森崎さんはどんな印象を?

森崎 高い目標を掲げ、手に入れたいものがあるからこそ、何かあると、生きづらさを感じたり、「うまくいかない」という言葉が出てきたりするんですよね。そういう意味では、生きづらさを感じるのは、決して悪いことではないのかなと。それでも、どうしてもつらくなったときは、世界に目を向け、いろんな境遇の人たちがいることを考えてみると、今の自分に満足できる瞬間もあるのではないでしょうか。それが、「円満具足」ということかもしれません。

-なるほど。

森崎 沢田さんについて僕が思ったのは、コンビニでモーくんと一緒にいるときだけ、彼はアーティストでいる必要がないんですよね。それが沢田さんにとって、「自分はこのままでいいのかな」と思える瞬間だったんじゃないかなと。モーくんを外国人にした意味は、そこにある気がします。日本人の固定概念に捉われず、世界に目を向けてみようよ、というメッセージが込められているのかなと。

荻上 森崎さんのお話を聞いて思い出したのが、私がアメリカに留学したときのことです。当時は私のほかにも、韓国や中国の方がいましたが、欧米の人たちから見れば全員、アジア人なんですよね。私は皆さんと親しくしていたんですけど、そんなに近い国同士が、ことあるごとにいがみ合うのは、ナンセンスだなと思って。世界に目を向けることは、大切ですよね。

森崎 でも、完成した映画を見た時、それくらい僕も考えさせられましたし、この作品に参加できたことがうれしかったんです。きっと僕にとって一生残る作品なので、ぜひ映画館でご覧いただけたらうれしいです。

荻上 ありがとうございます。実は今回、久しぶりに16ミリフィルムで撮影しています。というのも、私が意図した「ダークで笑える作品」には、フィルムのザラッと感じがぴったりな気がして。それをぜひ、映画館でご覧いただきたいです。

森崎 フィルムの味をしっかりと、映画館のスクリーンで味わってください!

(取材・文・写真/井上健一)

『まる』 10月18日(金)ロードショー