今夏に開催されたパリオリンピックでは、日本代表が海外大会では最多となる金メダル20個、メダル総数45個を記録し、日本中を沸かせた。その中でも特に躍動した競技のひとつが、金メダル2個を含むメダル5個を獲得したフェンシング代表だ。前回の東京五輪までは累計で3個しかメダルを獲得できていなかったというから、その躍進ぶりは一目瞭然だ。
このフェンシング業界に精通する人物が、モータースポーツ界にいる。スーパーGTやWEC(世界耐久選手権)などで活躍するD'station Racingのチームオーナー、星野敏氏だ。
かつては自らも“剣士”として大学の全日本選手権を制し、世界選手権にも出場経験がある星野オーナー。現在はアミューズメント施設『D'station』を手がけるNEXUSグループの代表を務める傍ら、自社でフェンシングのクラブチームを立ち上げ、多くのトップ選手をサポートしている。先日は、所属選手である敷根崇裕、永野雄大(共に男子フルーレ団体 金メダル)、見延和靖(男子エペ団体 銀メダル)の3選手に対し、それぞれ1億円、1億円、5000万円という破格の報奨金を贈ったことでも話題となった。
その他、2014年から2015年の1年あまりの間には、フェンシング協会の会長を務めたこともある星野オーナー。「自分が10年前に日本協会の会長をやっていた当時は、全くメダルを取れる環境になかった」と振り返るが、この10年間でどんな変化があったのか?
「育成環境ですね。“エリートアカデミー”というシステムがあり、全国から才能のある中学生、高校生を東京に集めて合宿形式でトレーニングするんです」
「これにはレスリングや卓球など様々な競技があるのですが、フェンシングからも数名集められました。中高と一貫してナショナルトレーニングセンターで練習させて強化したことは大きいですね」
星野オーナーが言う“エリートアカデミー”とは、日本オリンピック委員会(JOC)が設立したJOCエリートアカデミーのこと。「オリンピックをはじめとする国際競技大会で活躍できる選手を安定的に輩出する施策の一環」として作られたもので、対象者は中学1年から高校3年まで。2024年度は22名が在籍している(内フェンシングは1名)。
ここでは味の素ナショナルトレーニングセンターなどを拠点に、競技力と人間力を鍛えているという。JOCのサイトに書かれている活動内容を見ると、「選手が海外に視野を広げた活動ができるよう、語学や海外研修等の開設」「選手が基礎知識や他者との関係性を深めることができるよう、学校と連携した学業生活の充実や必要なプログラムの提供」「選手が自らを律し、自身で生活できる力を体得するため、寄宿生活を実施」とあり、非常に多角的なアプローチで育成が行なわれていることが分かる。
「それまでは、高校の部活でしか強化できず、そこから先は大学のフェンシング部に(選手育成を)頼っていましたからね」と振り返る星野オーナー。男子フルーレ団体で金メダルを獲得した前述の永野もエリートアカデミー出身。女子サーブル団体の銅メダルに貢献した江村美咲、髙嶋理紗も同様だ。
「その辺りから、オリンピック選手を育成しようという日本協会の意識も高まっていきました。コーチングシステムを刷新し、ウクライナやフランスなど海外出身のコーチを招聘したり……そういったものが10年以上継続しているので、その成果が一番大きいですね」
日本のモータースポーツ界に目を向けると、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿やトヨタのTGR-DC レーシングスクールなど、自動車メーカーがスクール形式で10代の若手ドライバーの発掘・育成に携わっている。ただエリートアカデミーのような住み込みでの大規模かつ徹底した育成環境は、さすがオリンピックと感じさせられる。
■競技人口は未だ課題。“夢を与える”ことが重要?
このように、育成環境の進化が活躍に繋がったと語った星野オーナー。ただやはり、フェンシングは競技の場や指導者が不足していることもあって、競技人口の少なさが課題となっているという。これに関してはモータースポーツ界も他人事ではないだろう。
星野オーナーは次のように語る。
「努力はしているつもりですが、なかなか……。(フェンシングは)部活でやる場がないですよね。中学は特にないし、高校も以前は各都道府県に4、5校ありましたが、今は2、3校しかありません。少子化の影響もありますが、なかなかフェンシングをやってくれない」
「それに(指導)教員がいないんですよね。大学を卒業してから、教員としてフェンシングを教えてくれる人がなかなかいません。柔道・剣道などは、大学を卒業して教員になるという仕組みができている印象で、学校には必ず柔道や剣道を教えられる先生がいますよね。一方で野球やサッカーのように、外部コーチを雇えるお金もないですし」
ただ今回のように、オリンピックでの活躍が大々的に報じられることは競技人口解消の一助となる可能性もある。星野オーナー曰く、NEXUSグループをはじめとする企業のクラブチームが展開する子供向けのフェンシング教室に関しては、オリンピック効果で入会の問い合わせもあるという。
また前述の高額な報奨金も、少しでもフェンシングにスポットライトを当てたいという思いからだという。
「(フェンシングは)マイナースポーツなので、日の当たる場が少ないですよね。少しでも注目を浴びたいというのが一番です」
「あとは、夢や目標を持ってフェンシングをやってくれる人が出て欲しいからですね。(報奨金の額は)破格ですが、夢がないと、なかなかフェンシングをやってくれないので。そういう形で、フェンシングをやろうと思ってくれる人が少しでも増えればという思いでやっています」
当然、フェンシングとモータースポーツは大きく異なる競技であり、上記の取り組みがそのままレース界にも活かせるとは限らない。星野オーナーも「モータースポーツは、そもそもお金がたくさんある人がやっているもので、報奨金どうのこうの、ではないでしょうね。1億や2億、どのレースでもすぐにかかってしまいますからね」と苦笑する。
しかしながら、広い意味での“夢を与える”存在は、業界の活性化において非常に重要と言える。先日、ハースF1と若手育成の分野で協業すると発表したトヨタも、これは「若者に夢を与える挑戦」であると標榜している。世界最高峰F1の舞台で、日本人ドライバーが“金メダル”を手にする日は来るだろうか。