今、世界で陰謀論が猛威を奮っている。闇の政府の謀略、秘密結社の暗躍、あのニュースの裏に隠された真実etc…。にわかには信じ難い、荒唐無稽な話を信じてしまう人は多い。しかし、近代日本宗教史を専門とする思想史家の栗田英彦氏は「陰謀論を安易に馬鹿にするべきではない」と指摘する。荒唐無稽すぎる陰謀論にも、社会への重要な問題意識が込められていることが少なくないのだという。
陰謀論が流行するのは「しかたないこと」?
――昨今、国内外で陰謀論が流行していますが、現状をどう見ていますか?
栗田英彦氏(以下、同) 現在の社会で陰謀論が流行するのはしかたないのではないでしょうか。むしろ、現代の社会を批判するためには、陰謀論的な視点に立たざるを得ないと思います。
――陰謀論の流行が「しかたない」とは、どういうことでしょう。
歴史を遡って考える必要があります。ポイントは冷戦崩壊です。
1980年代末の冷戦崩壊まで、世界では資本主義と社会主義のイデオロギーが対立し、政治や文化のさまざまな領域で相互に批判を繰り広げていました。
しかし、冷戦崩壊以降は社会主義が力を失い、資本主義の対立軸になるイデオロギーが消失します。
では、現在の私たちは、どうすれば資本主義社会の問題点を批判できるのでしょうか。
資本主義を基調とする社会が、多くの問題を孕んでいるのは事実です。格差は拡大する一方ですし、アメリカをはじめとする旧西側諸国による政治的抑圧に不満を持つ人は世界中にいます。
そこまで大げさでなくても、生活のなかで「今の世の中はおかしい」と不満を感じる場面は多いはずです。
しかし、かつて資本主義と対立していた社会主義はもはや批判理論としての機能を十分に果たせなくなりました。
このとき、社会主義に代わって資本主義を批判しうるツールとして浮上したのが陰謀論なのです。
――なぜそこで陰謀論なのでしょう。社会への不満を表明したければ、為政者を批判するなど現実的な方法があるはずです。
「現実の議会政治では問題が解決しないから陰謀論を唱える」わけです。
反ワクチン陰謀論がわかりやすい例でしょう。例えば、コロナ禍の日本で仮に立憲民主党など野党が政権を握っていたとします。
それでも、おそらくワクチン接種は推奨されたはずです。外出自粛などの行動制限も行われていたでしょう。
そうした社会で、ワクチン接種に拒否感がある人や、自由の制限に抵抗したい人は、どの政党を支持すればよいのでしょうか。
自民党政権が倒れて、立憲民主党や日本共産党に政権が代わっても、反ワクチンの政策は実現しません。ならば、野党の仲間になって為政者を批判しても意味がないわけです。
反ワクチン陰謀論者とっては、与党も野党も同じくワクチン政策を推進する「体制側」に見えているのですから。
――おっしゃることはわかるのですが、どこか納得しかねる部分が残ります。
陰謀論のなかには荒唐無稽な主張をしているものも多いですし、腑に落ちないのもしかたないかもしれません。
しかし、一見、荒唐無稽にも思える陰謀論にも重要な問題意識が含まれていることが少なくないわけです。
その問題意識を読み解いていくのは決して意味がないことではありません。例えばですが、レプティリアン陰謀論はご存知ですか?
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ある革命思想家が輸入した陰謀論
――「レプティリアン陰謀論」ですか?
イギリスの著述家であるデイビッド・アイクが提唱したものなんですが、アイクによれば、人類の文明は地球内部の空洞に生息する爬虫類人型宇宙人「レプティリアン」によって築かれ、人間と交配することでレプティリアンの交配種を代々増やし、すでにレプティリアンと、その交配種は世界の支配層を牛耳っており、政治やメディア、軍事、医療などを意のままに操っているという陰謀論です。
――いくら何でも荒唐無稽すぎます……。
たしかにそうです。しかし、このレプティリアン陰謀論の日本における受容過程を追っていくと、実は興味深い思想的な背景が見えてきます。
アイクのレプティリアン陰謀論は自己啓発的なスピリチュアリティの色合いが濃く、最後には個人の意識改革へと収斂していきます。
しかし、それが革命思想家の太田竜によって日本に輸入される過程で、強い政治性を帯びていくことになりました。