「サクラビア成城」は日本が好景気に沸いていた1988年に開業し、全国屈指の“超高級老人ホーム”としてメディアでもたびたび取り上げられてきた。食事、健康、娯楽にいたるまで十分に配慮され、贅を尽くした施設はまるで「丘の上の豪華客船」。入居一時金の平均額が約2億円にものぼるという同施設に“ふさわしい住人”とは、一体どのような人々なのか?
『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
大物財界人も入居する「成功者の終の棲家」
これほど贅を尽くした施設には、一体どんな人物が入居しているのだろうか。
松平氏(仮名、サクラビア運営会社の取締役)の話によると、居住者の中には、日本経済新聞の名物コラム「私の履歴書」に登場した有名財界人もいるそうだ。具体的に誰が入居しているかを聞いてみたところ、当然ながら、秘密だといって回答を拒否された。
そこで、過去の新聞記事で訃報欄を調べてみたところ、故人の住所がサクラビア成城となっている者を複数人見つけることができた。
例えば1980年代には旧興銀系化学メーカーの元社長、90年代に入ると元セコム取締役、京都府立医大名誉教授、日本歌人クラブ元会長。現在の運営会社になってからも、元小田急電鉄取締役、元東京工業大学学長、大手ゼネコンの元副社長、声楽家らの訃報が伝えられ、いずれもサクラビア成城が故人の住所として新聞に載っていた。
まさに人生の成功者が住む丘の上の豪華客船といったところだろう。
「オーナー経営者が多いとお話ししましたが、会社を経営されている方の中には、『まだまだ自分の目の黒いうちは』ということで、ここから毎日出勤される方もいらっしゃいます。ここに住まわれている皆さんは老人ホームに入っているという感覚はないですね。最近、外資系の高級ホテルがサービス付きのアパートメントを運営されていますが、それと同じ感覚だと思います。人生の最期まで面倒を見てくれる高級アパートメントだという感覚です」
老人ホームに入っていても毎日出勤する社長を社員たちはどう見ているのか、思わず余計なことを想像したが、淡々と話す松平氏は、さらにこう続けた。
「ご婦人の方々は入居後も引き続き日本橋三越など老舗百貨店のカルチャーサロンへ通われたり、有名ホテルのフィットネスに通われたりと、これまでの暮らしと変わらない生活を送られています。夏場になると軽井沢、蓼科(たてしな)などの別荘に出かけられる方もいらっしゃいます。ここでは留守を心配することなくお出かけできます。帰ってこられるまで、お部屋の植木鉢の水やりなどのお世話もいたします」
至れり尽くせりではあるが、入居前の自宅では誰が水やりをしていたのだろうかとも思った。
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より高額な最上階や角部屋が争奪戦に
そんな豪華客船のような施設が一度沈みかけたことは、あまり知られていない。経営が悪化していたのである。
その沈みかけた船に手を差し伸べたのがセコムと森ビルだ。両者は共同出資して新会社を立ち上げ、1996年にマンション業者から正式に経営権を取得。サクラビア成城は再びスタートを切った。バブル景気が崩壊してから約5年後のことである。また翌年には介護保険法が公布された年でもあった。
松平氏が言う。
「私は30年近くシニア向けビジネスに携わってきました。サクラビア成城のような場所がなぜ続けられるかというと、高い入居一時金をいただいているからです。高級と呼ばれる老人ホームは、だいたい5000万円くらいのレンジです。こういうビジネスはお客様の数が限られているわけですよね。部屋数かける入居一時金と月額費用が売り上げですから、規模が大きいほど実入りがいいわけです。ですので、よく聞かれるんです。『サクラビアさん建て増ししないの?』って」
確かに、近年大手ディベロッパーが手掛ける老人ホームは500室規模のものが多い。それは規模が大きいほど実入りがあるからであり、そうした利益で建物の修繕をし、運営費用に充てて事業を回していくことができるためだ。
裏を返すと、小規模かつ高額の入居一時金は、ひとたび空室が出ると大きな経営リスクを抱えることを意味している。サクラビア成城のように、入居一時金の平均が約2億円ともなれば、空室は経営面においてハイリスクになるともいえるだろう。
「年間で10名くらいの方がご逝去されているため、今は10室程度空いているという状況になっています」
実際にホームページを確認すると2023年12月末時点で、60平米前後の部屋が空室になっていると記載されていた。逆に、最上階の広い部屋や人気の角部屋などは既に満室だという。
松平氏の話で特に興味深かったのが、居住者の約30組が今より広い最上階の部屋や角部屋を希望しており、空室になるのを待っている状態が続いていることだ。
つまり、空室が出ているといっても、それは60平米前後の部屋が中心であり、100平米超えの部屋は既に入居している者同士で確保競争が起きているというのである。
常に上を目指すのは、裕福な高齢者の習性か、それとも優越感なのか。