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事情をよく知らないのに自分の意見に自信満々になってしまうこと、ありませんか?

例えば、友人カップルの痴話喧嘩について。

片方の意見しか聞いてないのに「それは絶対に向こうが悪い!」「君は間違ってないから相手に謝らせよう」と絶対の確信を持つような場合です。

米ジョンズ・ホプキンズ大学(JHU)の最新研究によると、これは誰にでも普通に起こりうる認知バイアスの一種であることが明らかになりました。

研究では、私たちは物事の一側面しか知らない状況の方が、「適切な判断を下すにはそれで十分だ」「自分の意見は正しい」と思い込んでしまう傾向があったのです。

この認知バイアスを研究者たちは「情報十分性の錯覚(illusion of information adequacy)」と呼んでいます。

研究の詳細は2024年10月9日付で学術誌『PLOS ONE』に掲載されました。

目次

詳しく知らない人の方が「自信満々」になる知れば知るほど、自分が知らないことに気づく

詳しく知らない人の方が「自信満々」になる

私たちは日常の中で、他者との意見の食い違いに頻繁に直面しています。

それは政治や社会問題のような大きな話題だけでなく、家族や恋人、友人間の身近な話題でも普通に起こっていることです。

そんなとき、相手が頑なに自分の意見を押し通そうとすれば、みなさんはきっと「なんでこの人は事情をよく知りもしないのに、こんな自信満々に話すのだろう?」と疑問に思うことでしょう。

それは逆もまた然りです。

相手の方も「なぜこの人は『自分の方が絶対に正しい』と思い込んでいるのだろうか」と考えているかもしれません。

こうした意見の食い違いはしばしば、心理的ストレスを増大させて怒りや不安を抱いたり、相手と不仲になる原因を作ってしまいます。

では、私たちが自分の意見に自信を持ってしまうのはなぜなのでしょうか?

それについて研究チームは「双方がお互いに異なる情報を頼りにしていることが要因かもしれない」と仮説を立てました。

より具体的に言えば、私たちは全体の客観的な事実把握を欠いたまま、断片的な情報だけをもとに判断を下してしまう認知バイアスを持っているのではないか、と考えたのです。


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この真偽を確かめるため、チームはアメリカ在住の1261名(平均年齢39歳、教育レベルの中央値は大学3年生)を対象に実験を行いました。

実験ではまず、参加者全員に「私たちの学校の水が消えていく(Our School Water is Disappearing)」というタイトルの架空の記事を読んでもらいます。

この記事は、学校周辺の地域の帯水層が枯渇しているため、水が豊富にある近隣の学校と合併するべきか、それとも他の解決策を模索して合併せずにおくべきかの問題を扱った内容です。

そしてチームは参加者を次の3つのグループに分けました。

グループ1には「その学校が水を豊富に供給できる近隣の学校と合併すべきである」という合併賛成派の意見を述べた別の記事を読んでもらいます。

グループ2には「その学校は他の学校と合併せずに、別の解決策を選択するべきである」という合併反対派の意見を述べた記事を読んでもらいます。

グループ3には合併賛成派と合併反対派の両方の記事を読んでもらいます。

その後に参加者は学校を合併すべきか、そのままにしておくかについて自説を述べるよう要請されました。


学校を合併するべきか否かの記事を読んでもらう / Credit: canva

その結果、興味深いことに、グループ1とグループ2の意見の一側面だけを読んだ参加者は、グループ3の両方の意見を読んだ参加者に比べて、自分たちが何をすべきかについて適切な判断を下すのに十分な情報を持っていると信じやすいことがわかったのです。

そしてグループ1とグループ2の参加者のほとんどは、それぞれが読んだ記事の内容に沿う決断を下していました。

つまりはグループ1の合併賛成派の記事を読むと「学校は近隣の学校と合併すべきである」と答え、グループ2の合併反対派の記事を読むと「合併にはデメリットが多いので他の解決策を取るべきである」との答えに傾いていたのです。

またこれらのグループに属していた参加者は「他の人も私と同じ判断を下すだろう」と答えていました。

一方でグループ3の参加者は適切な判断を下すのに迷っており、合併賛成派が55%、反対派が45%とほぼ半数ずつとなっています。

この結果から、情報を断片的にしか持っていない場合の方が「適切な判断を下せる」と思い込みやすくなる認知バイアスが働くことが示唆されました。

では、どうしてこのような認知バイアスが起こってしまうのでしょうか?

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知れば知るほど、自分が知らないことに気づく

「適切な判断を下すために必要な情報が足りていないにも関わらず、重要な事実はすべて知っていると思い込み、自信に満ちた判断を下してしまう」

この心理現象を研究チームは独自に「情報十分性の錯覚(illusion of information adequacy)」と呼んでいます。

要するに、ある問題に関する情報を半分しか持っていないのに「自分が正しい判断をするのにはこの情報だけで十分だ」と錯覚してしまうのです。

その理由について研究者は「私たちの脳には知っていることが少なければ少ないほど、知るべきことはすべて知っていると思い込む傾向がある」ことを指摘します。

これは心理学用語で「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれ、自分の知識や能力が不足しているにも関わらず、過大に評価してしまう心理現象です。

ダニング=クルーガー効果は自身の思考や判断などを客観的に把握するための「メタ認知能力」が不足することが原因で起こるとされています。

ある問題についての知識や情報が不足していると、自分の意見が他と比べてどう違うのか、それを踏まえて自分の意見は正しいのか間違っているのかといった客観的な判断が難しくなり、自分の意見を過大評価しやすくなるのです。


知識や能力が不足しているときほど、自信過剰になりやすい / Credit: canva

逆にダニング=クルーガー効果では、知識や能力が高まれば高まるほど、メタ認知能力も高まるため、「自分はまだまだ何も知らない」「学ぶべきことが山ほどある」と思い込むようになります。

つまり、人間は何も知らなかったときほど「自分はなんでも知っている」と思い込み、世界について多くを知れば知るほど「自分は何も知らなかった」ことを知るのです。

これは古代ギリシャの賢人ソクラテスの唱えた「無知の知」を意味します。

この「無知の知」は誰もが日常の中で実感しうることです。

例えば、趣味のアニメや映画でも、最初の1〜2年で有名どころのタイトルを一通り見終わると「自分はもう全部見切ったんじゃないか」と思い込みます。

しかしより深く掘り下げていくと「なんだ、自分が見てきたのは氷山の一角に過ぎなかったのか…」と気づくことがあるのではないでしょうか?


「自分が絶対正しい!」と思ったときほど、情報の冷静な把握を / Credit: canva

今回の研究結果は、これと同じ現象が日常の会話の中でも起こっていることを指し示しています。

そこで研究主任のアンガス・フレッチャー(Angus Fletcher)氏は、ある問題について判断を下す前に、自分が本当に十分な情報を知っているかを確認すべきであると指摘しました。

「私たちの研究が示しているように、人々は知っている情報が不足しているときほど、『自分の判断は適切で正しい』と錯覚しやすくなります。

誰かと意見が食い違うとき、まず最初に取るべき行動は相手を非難することではなく、『相手の立場をよりよく理解するために、自分に欠けているものはないか』と考えることでしょう。

それが『情報は十分に足りている』と思い込む錯覚と戦う最適な方法なのです」

参考文献

Why people insist they’re correct without all the facts
https://www.popsci.com/health/why-we-think-we-are-right/

Why We’re Confident with Only Half the Story
https://neurosciencenews.com/illusion-information-psychology-confidence-27820/

元論文

The illusion of information adequacy
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0310216

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部