月の光だけを検知できる生物の特殊な光システムを解明! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

夜空に輝く月。

私たち人間にとってはロマンティックな存在かもしれませんが、海で生活する環形動物「イソツルヒゲゴカイ(Platynereis dumerilii)」にとっては、生殖のタイミングを知らせる重要な信号です。

この小さな生き物にとって、生殖は人生で一度きり。

だからこそ、その大切な瞬間を逃さないために、彼らは月のリズムに合わせて動くのです。

では、どうやって海中のこれらの生き物は、月が最も明るい夜を知るのでしょうか?

ドイツのヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(JGU)に発表した研究によって、この小さな生物たちが強い太陽の光に惑わされず、柔らかな月の光を感知するための興味深い仕組みが明らかになりました。

研究内容の詳細は『Nature Communications』にて公開されています。

目次

月あかりに照らされた「死の舞踏会」月の光だけを認識する特殊な仕組み

月あかりに照らされた「死の舞踏会」


月の光だけを検知できる生物の特殊な光システムを解明! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

満月が僅かに欠けはじめた夏の暑い夜、それは起こります。

海洋に生息する「イソツルヒゲゴカイ(Platynereis dumerilii)」は生殖時期になると、消化管を退化させて「食」を捨て、全身に精子と卵子を蓄積させて、全身の筋肉を強化されます。

少し前までは、数センチほどの生命体だった彼らは、今や泳ぐ精子タンクあるいは卵子タンクとなって、海面まで浮上していき、オスとメスは「結婚のダンス」を踊りながら、体内に詰まった精子と卵子を海中に放出します。

彼らのニョロニョロとした細長い体を気にしなければ、まるで月明かりに照らされた舞踏会と言えるでしょう。

しかしイソツルヒゲゴカイたちは変身過程で消化管を二度と使用できないほど委縮させてしまっており、月明かりの舞踏会は出席者全員の死と共に幕を閉じます。

地球上では多くの生命が月の満ち欠けにあわせて行動することが知られています。

ウミガメやサンゴなどが満月の夜に卵を産むことを知っている人も多いでしょう。

人間の月経周期が満月に影響されるかは議論がありますが、いくつかの研究では、女性ホルモンは月の満ち欠けに大きく影響を受けており、満月の前後で生理が多くなると報告しています。

月の満ち欠けは29.5日のほぼ完全なサイクルをしているため、多くの種が生殖のタイミングを計るために利用しているのです。

しかしここで大きな疑問が出てきます。

月の光は太陽光の40万分の1しかありません。

イソツルヒゲゴカイたちをはじめ、月のサイクルを利用している生命たちはどのような仕組みで強い太陽光に惑わされることなく、柔らかな月の光を検知しているのでしょうか?

(広告の後にも続きます)

月の光だけを認識する特殊な仕組み


月の光だけを検知できる生物の特殊な光システムを解明! / Credit:Hong Ha Vu et al . A marine cryptochrome with an inverse photo-oligomerization mechanism . Nature Communications (2023)

イソツルヒゲゴカイたちは、どうやって月光だけを認識しているのか?

研究者たちが着目したのはクリプロクロムと呼ばれる、青色に反応するタンパク質の一種「L-Cry」でした。

これまでの研究により、クリプトクロムは脊椎動物、昆虫、サンゴ、そして植物や一部の藻類など幅広い種で「概日リズム(体内時計)」の調節に役立っていることが知られています。

また2022年に行われた研究では、このクリプトクロム「L-Cry」が月光と太陽光の区別に使われている可能性も示されています。

そこで今回、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツの研究者たちはL-Cryの分子構造を調べ、イソツルヒゲゴカイたちが月光だけを検知する仕組みを解明することにしました。

調査にあたってはまず、イソツルヒゲゴカイからL-Cryの遺伝子を取り出し、昆虫細胞(秋ヨトウムシ:Spodoptera fragiperda)の細胞に組み込んで大量に生産させました。

そしてクライオ電子顕微鏡を使ってL-Cryを観察し、さまざまな光に対してどのように反応するかを調べました。

すると興味深い事実が判明します。


月の光だけを検知できる生物の特殊な光システムを解明! / Credit:Hong Ha Vu et al . A marine cryptochrome with an inverse photo-oligomerization mechanism . Nature Communications (2023)

植物などのクリプトクロムは太陽の光が当たると2量体という2つセットになった構造をとります。

2量体になることでクリプトクロムは転写調節などさまざまな仕事を開始します。

しかしL-Cryは太陽の強い光が照射されると、2量体だったものが単量体へと分解するという、逆の現象を起こしたのです。

そして単量体に分解したL-Cryを2量体に戻せるのは、月の光のような非常に弱い光だけであることが判明します。

また月の光にあてられると、2量体となったL-Cryの片方だけが活性化することも明らかになりました。

植物のクリプトクロムは太陽の光にあたると、2量体となった両方が活性化しますが、イソツルヒゲゴカイのクリプトクロム「L-Cry」は活性化の方法も非常にユニークなものと言えるでしょう。

月の光で2量体になり片方だけが活性化するという仕組みが、イソツルヒゲゴカイが月の光だけを検知するのに役立っているのです。

また研究者たちは、同様の仕組みが月の周期に従う動物たちの多くに生じている可能性があると述べています。

もしクリプトクロムに月光を検知する仕組みを解明できれば、人間をはじめとした地球上の多くの「生命と月の関係」をより詳しく知ることができるでしょう。

参考文献

How marine bristle worms use a special protein to distinguish between sunlight and moonlight
https://press.uni-mainz.de/how-marine-bristle-worms-use-a-special-protein-to-distinguish-between-sunlight-and-moonlight/

元論文

A marine cryptochrome with an inverse photo-oligomerization mechanism
https://www.nature.com/articles/s41467-023-42708-2

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。