北海道美唄市で精神科医として従事する福場将太さんは徐々に視野が狭まる病によって32歳で完全に視力を喪失。それでも精神科医として10年以上にわたり、患者さんの心の病と向き合っている。福場さんが診療で大事にしているのは「気持ちのやり取り」。それは「声」にあらわれると言う。
著書『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
言葉だけが「コミュニケーション」じゃない
基本的なことですが、「コミュニケーション」とは、言葉だけのやりとりではありません。
むしろ大切なのは気持ちのやりとり。無意識なレベルも含めて、人間は相手の表情から気持ちを察し、自分も表情で気持ちを表しています。
会話をしている時というのは言葉のキャッチボールをしながら、表情で気持ちのやり取りをしているのです。
コロナ情勢でお互いマスクをしていた時、コミュニケーションがうまくいかないと感じた人も多かったと思いますが、その一因はお互いの表情が確認できなかったことです。いくら言葉だけキャッチボールしても、表情が添えられていないと気持ちのやりとりは難しいのです。
それでは電話はどうなのでしょう。電話では相手の表情が見えなくても会話をしています。事務連絡に限らず、気持ちを通わせるような会話だってたくさんしているはずです。
それが成立する1つの理由として、親しい間柄であれば表情が見えなくてもお互いの気持ちを察し合えるというのがあるでしょう。
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声には気持ちの情報も含まれる
声色は顔色よりも正直です。
顔色は取り繕えても声色まで取り繕える人はそうはいない……というよりも、声に感情が表れることに多くの人は無頓着なので、声色を取り繕おうという意識がそもそもありません。
心で泣いて顔では笑える人はいても、声まで明るくできる人は滅多にいないのです。
毎日数十人の人の「声」を相手に仕事をしていると、声は本当に千差万別だと気づかされます。声質は似ていても、頭の大きさや口の開け方が違えば当然響き方が異なります。息継ぎのタイミングも、言葉の切り方も、ボリュームのコントロールも、返事のリズムも人それぞれ。
それがいつもと変化した時には心にも変化が起きているサインです。
「いつもより声が沈んでる。落ち込んでるのかな?」
「いつもより語りのテンポが遅いな。何か言おうとして迷ってるのかな?」
「いつもの口癖と帰りの挨拶が出なかった。心の距離が離れてきたかな?」
もちろん風邪気味などの体調の変化、部屋が乾燥しているなどの環境の変化でも声は変わりますから、一概に心の変化と決めつけてはいけません。
顔の表情や容姿についての情報もちゃんと看護師さんからもらった上で、総合的に心の状態を評価するのが私の仕事です。
また声はそれ以外にも、患者さんの動きを把握するヒントとしても有用です。
口から放たれる声の向きでその患者さんがうつむいているのか、顔を上げているのか、そっぽを向いているのかが分かります。
会話中に声の向きが変わればそれは顔を動かしたということ。
「あ、今一瞬窓の外を見たな。集中できてないかな?」
「あ、今待合室のほうを気にしたな。聞かれたくない話かな?」
「あ、私がカレンダーのほうを向いたのに合わせてちゃんと顔を向けてくれたな。心が通ってきたかな」
などなど、顔における「視線の向き」のように、「声の向き」もまた、たくさんの情報をくれるのです。もちろんドアの開け閉め、靴音、貧乏ゆすり、衣擦(きぬず)れなどなど、声以外の音も患者さんの状態を教えてくれる大切な手掛かりです。