佐藤二朗が脚本を務める舞台「そのいのち」で宮沢りえと舞台初共演を果たす。本作で描かれるのは、持つ者と持たざる者の愛と憎しみの「境界線」。俳優としてもさることながら、演劇ユニット「ちからわざ」の主宰を務め、全公演で作・出演を担当する佐藤が、ミュージシャン中村佳穂の同名曲にインスパイアされ、12年ぶりに書き下ろした新作戯曲だ。佐藤に本作に込めた思いを聞いた。

-介護ヘルパーとして働く山田里見と、彼女の雇い主で障害のある相馬花とその夫・和清の関係を描いた本作で、主人公の山田里見を宮沢りえさんが演じます。宮沢さんの魅力をお聞かせください。

 『紙の月』というりえちゃんが主演した映画を見て、なんて抑圧されるのが似合う俳優なんだと思いました。けれど内には熱く、強い何かを秘めている。そんな独特のオーラを持つ俳優だと思います。

-今回は、中村さんの楽曲からインスパイアされて書いた作品ということですが、それはいつ頃のことですか。

 ちょっとはっきりは分からない。5年くらい前かな。

-そうすると、構想期間が長かったんですか。

 これを書いたのは結構前なんですよ。構想から書き終わるまでは何年もかからなかったです。何カ月というレベルだと思います。

-「中村さんの曲が劇中でかかる、そんな物語を書きたい」とおっしゃっていましたが、こんなお話でここでかけたいというのはすぐに決まったのですか。

 いやいや、全然。インスパイアとは言いますが、とにかくその曲にグワーンと衝撃を受けて、とにかくこれが流れる物語を書きたいと思ったはいいものの、もちろん物語は全然思いつきませんよ。ただ、僕は中村さんの「そのいのち」という歌は、人間への讃歌、命の讃歌だと受け取って。命の讃歌だと受け取ったこの楽曲が流れる物語としては、例えば、黒い部分や人間のきれいごとだけではないところ、生くさいところ、ドロドロしたところまで描かないと“命の讃歌”にはならないというくらいは思ってはいましたが、物語は全然その後に思いついたというところです。

-「持つ者と持たざる者の間の溝」というキャッチコピーがあり、そうした物語が書かれた作品になるのだと思いますが、佐藤さんご自身はそうした溝や境界線について何かお感じになっていることはありますか。

 ごめんなさい、正直にいうとキャッチコピーは僕が考えたものではないんです。なので、いいキャッチコピーだとは思っていますが、僕自身はあまりこれに対しては何も思っていないです。もちろんこの時代なので、溝はない方がいいに決まっているし、共生できる社会がいいはずです。ただ、この作品では「負を力に」という思いがどうしても僕の中にあって。なので、僕個人は、境界線や溝どころか、負があるからこそ何かすごい力を発揮したりするところを見てみたい。溝や境界線の有無さえも超越した力を信じたい気持ちがあります。

-なるほど。今回、介護や障害者に目を向けたきっかけがあったのですか。

 垣内俊哉さんというミライロという会社の方です。障害者手帳というものは、これまで100何種類あったらしいんですよ。ゆえに偽造もあったらしいんです。だけど、それを運輸省に働きかけてJRで統一した「ミライロID」という共通の障害者手帳を作ったりしたすごいやり手の方なんです。ご本人も車椅子なのですが、その人が番組で話していたことが、俺がやりたいことと重なったんです。「バリアフリーではなくバリアバリュー」。「障害がかわいそうではなく、障害を武器に、障害が価値になる」。その分かりやすい例として彼が話したのは、彼がバイトで入った会社の社長に営業をやらされたと。「僕はデスクだと思っていたら、なんで車椅子なのに外回り?」と。そうしたら、成績がものすごく良かった。もちろん、垣内さんが優秀だからというのは大きいと思うんですけど、その社長もすごいなと思ったんですよね。「障害を誇りに思え」と垣内さんに言ったそうです。だから、もちろん溝がない方がいいに決まっているし、同じように共生できる社会がいいと思うんだけど、僕が祈るような気持ちで信じたいのは「負は力に変えられる」ということなんです。だから最初は健常者の方にこの障害のある役を演じてもらおうと思ったけれども、実際、僕がこの目で、板の上で見たかったので、そうなる姿を。それで、ハンディキャップのお二人にオファーしたということです。

-ちょうどハンディキャッパーの方々のお話になったので、佐藤さんが感じる、佳山(明)さんと上甲(にか)さんの魅力は?

 僕は「歴史探偵」という番組をやっていて、そのプロデューサーが「バリバラ」というEテレの番組をやっていまして、その番組で「障害者は俳優になれないのか」という特集があったんです。そこで上甲さんがいらして。NHKのSDG’sドラマ「真ん中のふたり」を見たり、他にいくつか演技しているのを見たり、じっくり面談をして、彼女の意向も確認した上でオファーしました。佳山さんは『37セカンズ』という映画の主演をやられていて拝見しました。お二人に共通して言えることは、芝居の「垢(あか)」がないということ。ちょっと抽象的ですが。僕も芝居の垢をなるべく排除したいと思って日頃からやっていますが、彼女たちには本当に垢がない。これは素晴らしいことだと思います。垢があると、どんどん生(なま)から遠ざかってしまうと思うので。

-では、佐藤さんが役者ではなく、脚本を執筆したり、映画を監督したりと制作サイドに回ったとき、役者ではない立ち位置で作品に臨む時に大切にされていることや信念はありますか。

 面白いものを作りたい。この一言です。あとは自分がつくるときはオリジナルにこだわりたいと思っています。

-それは、自分のメッセージを伝えたいみたいなところで?

 もちろん原作モノも大いにあっていいし、僕も役者として喜んで出るし、原作モノにも素晴らしい作品が本当に山ほどあります。 ただ、原作モノばかりになってしまうと、少し寂しい気がします。作り手の才能の新たな可能性を引き出すためにも、もう少し「オリジナル」が増えたらいいなと思っています。

-改めて公演に向けての意気込みをお願いします。

 とにかくいい芝居をしたいと思っています。本のストーリーのうねり、筋、舞台美術や衣装、照明、音楽といろいろな要素があるけれども、やっぱり俳優のいい芝居を見せたいと思います。舞台には「編集」がないですから、俳優の生のいい芝居を見せたいなと。本当にそれが一番です。

 舞台「そのいのち」は、11月9日~17日に都内・世田谷パブリックシアターほか、兵庫、宮城で上演。