ロンドンで体験したABBAのアバターライブ「ABBA Voyage」 Vol.97 [江口靖二のデジタルサイネージ時評]

ロンドンでABBAのアバターライブ、ABBA Voyageを体験してきた。このアバターはABBAのアバターなのでABBAtarsと言うそうだ。ここでの体験は圧巻としか言いようがなく、アバターライブという言葉は全くふさわしくない。はじめてバーチャルがリアルを超えた瞬間に立ち会った気がする。

筆者はアバターライブとか、ホログラムライブのような高臨場感系のビジュアルエンタメものは、横浜のDMMのシアター、ソウルのSMエンターテインメント、NTTのkirariなど、これまでも数多く体験をしてきた。ABBA Voyageはこれらの集大成であり、それを完全に超えた。

やはりこれは先に映像を見ていただくのが早いので、リンクをさせていただく。

ABBAは活動休止して40年以上が経過し、既にメンバー全員が70歳を超えている。今回のライブの制作プロセスとしては、最初に現在の彼らにモーションキャプチャのためのボディスーツを着用してパフォーマンスを行ってもらう。当然ながら当時のような「キレ」がないので、別のダンサー、いわゆるボディダブル(代役)に同じダンスをしてもらい、必要に応じて本人たちのキャプチャデータを修正したそうだ。この作業は160台のカメラで5週間かけて、全22曲分のデータをキャプチャーしたという超本格的なものだ。これらはメイキング映像として公開されている。

基本的な技術は、ペッパーゴーストと呼ばれる古典的でさえあるイリュージョン表示方式である。特殊は半透明スクリーンに対して、プロジェクターで映像を投影している。ディスニーランドのホーンテッドマンションの幽霊たちと同じである。スクリーンそのものまたは設置方法が特殊なのか、プロジェクターの輝度や解像度なのか、今まで見たどれよりもリアルでクリアに投影される。

筆者はダンスフロアという座席がないエリアで、ステージから5m位のセンターで体験していたが、かなり近くでみても本物の人間にしか見えない。スクリーンもバレていない。むしろ10人いるバンドとコーラスはリアルな人間なのだが、そちらの方がアバターに見えてしまうくらいなのだ。

基本的なステージ構成

リアルとバーチャルをつなぐ鍵は照明にあり

一番のポイントは照明である。現場には500台のムービングスポットが設置されていて、観客側に対しても光を放つ。このとき同時に背景のLEDウォールにも映像としてムービングが表示される。これらは完全に同期している。さらにABBAtarsの映像も、ライトが当たっている映像として表示されるのだ。

ムービングライト以外でも、固定されたスリット状の光がLEDウォールとつながっているように設置されているので、どこからがリアルでどこからがバーチャル(映像)なのかは、かなり詳しい人でないと気が付かないし、そのことを意識させない。

さらにレーザー光線も効果的に使用される。これは物理的に観客のすぐ近くまで一直線に到達するので、さらに両者を同化させることに大きく貢献している。仏教の「善の綱」のようなものかもしれない。こうした演出やエフェクトは、ジョージ・ルーカスのILMが担当している。

オープニングではメンバーがせり上がりで登場


500台のムービングライト

放射線状の白い光

4カット連続で見た光の調整

階段部分はリアルな照明

マイクスタンドの反射が徐々に変化

完全にスクリーンに投影されたABBAtars

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32Kくらいまでは必要

リアルなライブコンサートでは、アーティストをカメラ撮影してステージ上の大型ビジョンに抜きの映像として表示する事が多い。今回もそれを同じ演出が行われていたのだが、ステージ上のABBAtarsが超高精細でリアルであるのに対して、背景のLEDビジョンの解像度は8K相当くらいで、そこに上下いっぱいにメンバーの全身や顔のアップが映し出されると、なんだかぼやけて見えてしまうのだ。ここは4倍の32Kくらいの解像度が必要なように感じる。

放送でもネット配信でも、家の視聴環境で32Kは流石に不要だと思うが、こういった場面では32Kは必要だろうということがわかる。逆に言うとそれ以上は人間の大きさや、それに伴う体験空間の大きさから逆算して、32Kくらいが上限値のように感じた。

解像度が足りない抜きの映像

ただしこのケースで言うと、仮に32Kにしたとすると、今度はクリアすぎるために実際には存在し得ない巨大な人間に見えてしまい、逆に違和感が増してしまう可能性もある。このあたりは誰も試したことがない領域である。