「食用昆虫の養殖」は難しい?「むし畑」の農園長に聞いてみた

むやみに命を奪わないようにするために

――先ほど「温度管理が難しい」とおっしゃっていましたが、ハウスの中はどれくらいの温度を保っているんですか?

基本的には年間を通し40度くらいを保てることが理想です。でも、ただのビニールハウスなので温度のコントロールができず、太陽の力に頼るしかなくて。現状では春から秋までしか飼育することができません。

――エネルギーを使わない場合、冬の飼育はまだまだ難しいんですね。

寒波の影響で、育てていたバッタの一部が死んでしまうこともありました。冬場だけではなく、夏場も温度調整が難しいです。真夏日はハウスの内部が50度を超えてしまうこともあります。

孵化も大学の研究室などで行えばスムーズに繁殖できるのですが、設備の整っていない環境下ではやっぱり難しくて。卵を2〜3週間ほど、孵卵器のような機械で温め続けて孵化させるのですが、生まれてきた幼虫の生命力も弱いんです。

むやみに命を奪わないようにするためにも「専門的な研究室ではない環境下で、どこまでやったら死んでしまうか」は、しっかり把握すべきだと思っています。

――なぜ、わざわざ飼育の難しいビニールハウスでの栽培を行うのでしょうか。

養殖のハードルをいかに下げるかは、ぼくがバッタを養殖する目的の一つでもあります。バッタを養殖する設備を、すべて100円ショップで揃えるなど、誰でも着手できるような産業にしたくて。

確保しやすいエサの研究も含め、ぼくが養殖の方法を体系化することで「バッタの養殖」が手の空いた農家さんのお小遣い稼ぎにもなれば良いな、と考えています。


バッタを養殖するゲージ。「農家さんが倉庫に吊るして育てられるようになったら理想です」(三橋)

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昆虫食市場の行く末を見届けたい

――三橋さんは、もともと昆虫がお好きだったんですか?

それが、意外とそういうわけではないんです(笑)。今も昆虫食が好きかと言われたら「う〜ん」という感じです。実は昆虫食に興味を持ち、初めて虫を口にしたときも半泣きでした。大学の畑で採ったスズメガの幼虫が、ぼくのファースト昆虫食です。

――なぜ昆虫食に興味を持ったのですか?

2008年、大学に通っていたときにたまたま昆虫食についての文献を読む機会があって。研究テーマとして、まだ開拓の余地がある分野だと思いました。それまでは野菜を育てる農家を目指していたのですが、次第に昆虫学を学ぶようになり。大学院進学後、いよいよ昆虫食の研究を行うようになりました。

――研究を行なっていた当時、昆虫食は一般的にどういった存在だったんですか?

海外の研究で昆虫食の可能性は示唆されていましたが、世間的にもまだまだ「ゲテモノ」の扱いでした。世界的にブームが起きたのは2014年。FAO(国際連合食糧農業機関)がプロテインの代替としての昆虫食を提唱したことを機に、「昆虫食」という言葉が浸透していきました。

それにしても、まさか自分が昆虫食の会社に就職するとは思っていませんでした。


乾燥し、粉末状にする前のバッタ。三橋さんがバッタの養殖を普及させたい真の理由は「ほかの食べ物に形容しがたい『バッタ味』を楽しめるから」

――新卒で昆虫食の会社に就職されたんですか?

いえ、はじめは香料のメーカーで食品開発などの仕事をしていました。2019年に弊社の代表である齋藤(齋藤 健生氏)から声をかけられ、現在に至ります。

――昆虫食業界に仕事として携わるようになり、どういったところに仕事の魅力ややりがいを感じますか?

15年も昆虫食に向き合ってきたぶん、単純にワクワク仕事ができる時期は過ぎました。ただ長く昆虫食市場を見続けてきたからこそ、最近では「自分が昆虫食の未来を見届けなくて、誰が見届けるんだ!」という意地が芽生えてきました。

自分自身が生き字引になるつもりで業界に立ち続けることが、昆虫食業界ではたらき続けるモチベーションになっているかもしれません。

――今後、昆虫食がどのようにお茶の間へ浸透していくことを期待しますか?

日本は伝統的にイナゴなどを食べてきたからこそ、昆虫食文化としては世界でも先進国だと言われています。その一方で昆虫食大国のタイに比べると、品質管理のレベルで決してリードしているとは言えません。

日本でもSDGsの観点から昆虫食への投資額が少しずつ増えていますが、欧米圏などに比べるとその額は桁違いに小さいです。

その上で、昆虫食が普及するまでのシナリオは色々と考えられます。いまだに昆虫食は「エンタメ」の要素が大きく、多くの人にとっては特別な存在。ですが、昆虫がいつもの食卓のおかずの一品になることは目指したいです。

――「エンタメ」ではなく「グルメ」へとポジションチェンジを図りたい、ということでしょうか?

主菜としてたくさん食べなくて良いと思っています。それに昆虫食の「エンタメ」要素は否定したくありません。仲間とワイワイしながら食べる楽しさも、昆虫食の価値のひとつだからです。

とはいえ「エンタメ」も進化し続けないと、すぐに飽きられてしまいます。まずは「恐る恐る食べてみたら、案外美味しいし楽しかった」と思ってもらえるよう、もっと昆虫食の楽しさを探求していきたいです。

(文:高木望 写真:小池大介)