今からさらにデジタル化が進み、“リアル”と“バーチャル”の境界が曖昧になった少し先の未来、“自由死”を選んだ母・秋子(田中裕子)の“本心”を知るために、朔也(池松壮亮)はAIで母をよみがえらせることを決意するが…。石井裕也監督が技術が発展し続けるデジタル化社会の功罪を鋭く描写する『本心』が11月8日から全国公開される。本作で、秋子の生前の素顔を知るキーパーソンであり、過去にトラウマを抱えるミステリアスな女性「三好」を演じた三吉彩花に話を聞いた。

-オファーが来た時の気持ちは?

 最初にお話を頂いた時は、すでに脚本があったので、まず“三好彩花”という名前のインパクトが何よりも強くて、こんなことってあるのかなって思いました。運命というか、ご縁を感じました。それで、ぜひこの役をやらせていただきたいという気持ちがありながら、もし他の方が演じたら、舞台あいさつで「三好彩花を演じました〇〇です」ってすごく言いづらいだろうなと、変な想像をしたりもしました。なぜこの名前だったのかというのは、クランクアップして試写会の時に初めて原作者の平野啓一郎さんにお伺いしました。私のことを知らずに執筆されたそうで、「僕も運命を感じました」とおっしゃっていました。

-最初に脚本を読んだ時の印象を。

 原作は2040年代を想定した話だったと思いますが、脚本ではもう少し近い未来というふうに落とし込まれていました。今のテクノロジーの発達というのは、AIに限らず、自分たちの日常生活のツールで活用している部分もあれば、それによって人間の心がおかしくなってしまうこともあります。日本でもAIが少しずつ浸透してきてみんなが認知するものになってきましたが、世界中ではもっといろんなルールができていたりする中で、この脚本でこれを実写化するというのは面白そうだと思いました。そういう意味では、今の時代にものすごくリンクすると思います。この映画が公開された時に、何の違和感もなく浸透していくんじゃないかと感じました。

-実際に演じてみてどう感じましたか。

 ゴーグルを付けて演じるシーンは、私たちにはゴーグルの先にあるものが何も見えてなくて、想像の世界で演じていたのですが、だからこそゴーグルを付けながら現実の空間にいる自分は、動いたり、人の声を聞いたりすることにすごく敏感になりながら臨めたと思います。池松(壮亮)さんを筆頭に、(石井裕也)監督もそうですけど、皆さんと一緒に、AIについてや、この作品の大事にしたい部分や、それぞれの役の持つ意味について話し合う機会がたくさんあったので、とても学びの多い現場でした。

-池松壮亮さんの印象は?

 池松さんと石井監督は、長年一緒にやられてきているので、お二人の間にはあうんの呼吸みたいなものがありました。なので、うまく懐に入り込めないかなと思っていたんですけど、池松さんご自身は、ご本人はどれぐらい意識されているのか分かりませんが、朔也として現場にいながら、全体をものすごくフラットに、客観的に見ていらっしゃいました。一度、作品に対する向き合い方や、監督やいろんな方との向き合い方について相談した時、「あの時からそういうふうに感じていたよね」とか「あの時のシーンはこうだったよね」と言ってくださって、普通は見落としてしまうようなところもちゃんと見ていて、記憶に残してくださっていて。それが誰に対してもそうなので、池松さんの人柄に救われたのは、私だけじゃないだろうなと思います。「静かな大きな男」という言葉がピッタリというか、それぐらいありがたい存在でした。

-演じる上で心掛けたことはありましたか。

 この作品をやる上で、自分が「三好」としてできることってなんだろうとも考えましたし、自分自身が家族との向き合い方について、小さい頃からコンプレックスを感じていることもあって、そこを乗り越えられなかったとしても、自分が何かアクションを起こして一つでも変わることができたら、それが全てこの作品の「三好」という役に投影できるかもしれないと思いました。そういった家族との向き合いの場を設けてというところが、一番心掛けたところというよりは、それが必然だったのかなという気持ちはあります。

-石井監督の演出はいかがでしたか。

 厳しいというよりも、一つ一つのシーンに対して、細かく分析しながら考えていらっしゃいます。例えば、私は無意識だったのに、「何で今飲んだの」とか「何で今ここで触ったの」と聞かれました。監督の中では、「三好」にとってはそれが大きな意味があるから、みたいな演出をしてくださいました。そういう意味では、一つ一つの会話のコミュニケーションは、すごく多かったと思います。だから、監督が厳しくてしんどかったというよりも、「三好」という役との向き合い方や、自分の本心との向き合い方でいっぱいいっぱいになっていて、精神的にこんなにきつい現場はないというぐらいでした。でも、そうした中で、的確な、自分には見えなかった視点を教えてくれるような演出をずっとしてくださったので、とても学びになりました。

-完成作を見てどう思いましたか。

 撮影中のことは、何が正解で、どこがうまくいって、どこがうまくいかなかったのかも、あまり覚えていません。作品として完成したものを見て、自分が携わっていないシーンがこういうふうになっていたのかという思いもありましたが、みんなで構築してきたことや、諦めないで探求していたことが間違っていなかったかなと、ちょっと希望が見える安心感みたいなものがありました。

-公開を心待ちにしている人たちに向けて一言お願いします。

 今、私たちが生きている現実の世界とすごくリンクしていて、人の心をどういうふうに再現したり、表現したり、何を思って、何を生きがいにしたらいいのかということについて、本当にスタッフ、キャストの皆さんが魂を込めて作った作品なので、ぜひたくさんの方に見ていただいて、「自分自身って何だろう。自分は何を思っているのか」「自分はこれが大事だったんだ。これを大切にしていこう」みたいなことを見いだせるような映画になったらうれしいなと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)