Credit: Adriana Humanes et al., Nature Communications(2024)

サンゴ礁は「海のオアシス」と呼ばれています。

魚の産卵場所になったり、二酸化炭素を吸収して酸素を供給したり、陸地を守る自然の防波堤として活躍したりと、豊かな海の生態系を支える大切な存在です。

しかし昨今の温暖化の影響で、世界各地のサンゴ礁が減少の危機に追いやられています。

そんな中、英ニューカッスル大学(NCL)は最近、選択的繁殖により「熱耐性を高めたサンゴ」を作り出すことに世界で初めて成功したと発表しました。

熱い海にも耐えられるサンゴを世界に広げられるかもしれません。

研究の詳細は2024年10月14日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

選択的繁殖では何ができる?選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」が生まれた!サンゴの熱耐性に頼るのは得策ではない

選択的繁殖では何ができる?

今回の画期的な研究はニューカッスル大学のコーラルアシストラボ(Coralassist Lab=サンゴ支援研究室)の主導で実施されました。

研究チームが熱に強いサンゴを生み出すために採用した「選択的繁殖」は、人類が何千年、何万年と前から実践してきた方法です。

例えば、私たち人間のベストパートナーである犬。

犬は約2〜4万年前の間にオオカミの一部から進化したことがわかっています。

その発端は人間のコロニーに近づいて、食べ残しなどを漁っていた比較的穏やかなオオカミの一群にあります。

次第に人間はこの友好的なオオカミたちと深く交流するようになり、グループの個体同士をかけあわせることで子孫を繁殖させました。

すると普通のオオカミにはない「穏やかな形質」が選択的に子孫に受け継がれ、大人しいオオカミ、つまりは犬が誕生したのです。


Credit: canva

チームはこの選択的繁殖の方法を用いることで、サンゴの熱耐性を世代ごとに高められるのではないかと考えました。

人為的な活動により年々加速する温暖化のせいで、地球の海はどんどん熱くなっています。

その悪影響は「海のオアシス」たるサンゴ礁にも出ており、集団的な死滅現象が各地の海で増加しているのです。

そこでチームは選択的繁殖により熱に強いサンゴが生み出せるかどうかを検証してみました。

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選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」が生まれた!

チームは今回、インド太平洋西部に広く分布するサンゴの一種「コユビミドリイシ(学名:Acropora digitifera)」を対象としました。

実験ではコユビミドリイシのコロニーを2つのグループに分けて、それぞれの対照群と比較します。

1つはサンゴを短期間の強烈な熱波を想定した環境にさらすグループです。

ここでは水温を最初に設定した30℃から10日間でプラス3.5℃も高めます。対照群は10日の間、同じ水温30℃に保ち続けます。

もう1つはサンゴを自然の海洋熱波によく見られる長期間でゆっくりとした熱ストレスにさらすグループです。

ここでは水温を最初に設定した30℃から1カ月かけてプラス2.5℃までゆっくりと高めます。対照群は1カ月の間、同じ水温30℃に保ち続けます。


実験に使用されたサンゴのコロニー / Credit: Adriana Humanes et al., Nature Communications(2024)

次に両グループの熱にさらしたサンゴの中で、死ぬことなく生存したサンゴだけを選抜し、その個体同士をかけ合わせました。

そして誕生した次世代のサンゴの熱耐性を調べた結果、熱にさらされなかった対照群のサンゴに比べて高い熱耐性を示しただけでなく、自らの親世代よりも耐熱性能が向上していることがわかったのです。

同じ変化は短期の強烈な熱波にさらしたグループと、長期の適度な熱波にさらしたグループの両方で確認できています。

この結果は選択的繁殖により「熱に強い形質」をサンゴの子孫に受け継がせながら、なおかつ継続的な繁殖によって世代を追うごとに熱耐性をさらに強められることを示唆するものです。

これは選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」を生み出せることを示した世界初の成果となっています。

その一方で興味深いことに、短期の強烈な熱波にさらされて熱耐性を獲得したサンゴのグループは、長期の緩やかな熱ストレスに対する熱耐性を示しませんでした。

これは逆もまた然りで、長期の緩やかな熱暴露で熱耐性を獲得したサンゴは短期の強烈な熱波には耐えられなかったのです。

つまり、それぞれの熱ストレスの条件下で獲得された熱耐性は、遺伝的にそれぞれの熱環境に対応した能力であると考えられます。