「Color by IMAGICA」でシネマカメラ評価映像作品を上映、同作品撮影監督サニー・ベーハー氏インタビュー

2024年9月21日、9月22日の2日間、カールツァイス、日本撮影監督協会、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス3社共催のイベント「HBO CAS Screening in Tokyo」が東京都・港区のIMAGICAエンタテインメントメディアサービス 竹芝メディアスタジオで行われた。当日、映像制作に関わる撮影監督、監督、プロデューサーなど関係者が集まって会場は満員だった。

同イベントはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスが取り組む「Color by IMAGICA」の活動の一環として、映像表現の新しい時代を切り開いていくことを目指して行われたものだ。プログラムは2つで、ひとつは2013年から続く、アメリカHBOによるフィルムカメラ・デジタルカメラの実践的評価映像を上映する「HBO CAS Screening in Tokyo」。もうひとつはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスによるインカメラVFX/グレーディングデモだ。

HBO Camera Assessment Series上映後にHBO撮影監督サニー・ベーハー氏によるパネルディスカッションを開催。日本映画撮影監督協会の谷川創平氏、会田正裕氏、岩倉具輝氏が質疑応答を進行した

ハイライトは前半の「HBO CAS Screening in Tokyo」で、これはもともとHBO系列の撮影監督・プロデューサーなど社内向け評価資料として作成された作品を、今回日本で初公開・上映するというイベントで、本稿でその概要をレポートしたい。

「HBO CAS」のCASとはCamera Assessment Series(カメラ評価シリーズ)を意味し、撮影監督協会やポストプロダクション関係者の集まりでのみ公開されるコンテンツである。今回は上記3者が共同で日本初上映を招致し、映画・ドラマのカメラマンやプロデューサー、ポストプロダクション関係者や教育関係者などが招待された。

プログラム開始の挨拶を担当したカールツァイスの小倉新人氏

開会にあたり主催者からも説明があったが、HBO Camera Assessment Seriesはどのシネマカメラの性能が良いのかを決める番付表ではなく、HBOグループ内で、番組制作にあたってストーリーや予算感に合わせて最適な映像品質を実現するためのカメラ選びをサポートするための評価資料である。

この資料となるテスト撮影には、実際のドラマ撮影セットを使用し、各社の最新のシネマカメラを同一条件で撮影し、スキントーン・露出耐性・色と質感の再現性及び解像力・ダイナミックレンジ・低照度という6項目を評価するシチュエーションが組まれて各カメラシステムの特性と傾向を明らかにしている。

使用されたカメラはARRI Alexa35、Sony VENCIE 2、RED V-Raptor、Blackmagic URSA Mini Pro 12K、それにKodak 5219フィルム(ARRIFLEX 435)も評価に加えられて97分間の作品にまとめられているが、どのシーンもすべて脚本を作って役者が出演し、実際のドラマを作る時と同じシチュエーションで撮影されており、普段我々が目にする平面チャートを撮り比べるテストとはかなり異なった、実戦に即した評価・検証といえる。

HBO Camera Assessment Series 2023トレーラー

CASの初公開は2013年で、以後、1~2年ごとに内容を更新中だ。シリーズ初回から撮影と監修を担当しているサニー・ベーハー氏にCASのスタイルと技術の進歩について詳しい話を聞くことができた。その内容を紹介しよう。

カメラをどのように公平にテストしているのか?サニー・ベーハー氏インタビュー

HBO撮影監督:Suny Behar(サニー・ベーハー):

経歴:カナダ・ヨーク大学で数学と情報工学の学位、カリフォルニア大学(UCLA)で映画テレビ制作の修士号を取得。UCLA卒業後の最初の仕事で、PIXARで映画「Cars」のCGIカメラレイアウトアーティストを担当。2012年からHBOで本編映画、TVドラマ、ミュージックビデオなど多数のプロジェクトに関わるほか、「HBO Image Studies」「HBO CAS」といった技術啓発プロジェクトを先導、これは現在デジタルシネマカメラの実戦的ベンチマークテストとして周知されている。現在はHBOでの技術開発に携わるほか、自らが開発したテクスチャマッピングソフトウェアLiveGrainは映画「JOKER」、NETFLIX「ビバリーヒルズコップ AXEL F」、Hulu「SHOGUN」など第一線のVFX現場で使用されている。また、UCLA映画学部で後進の育成にも情熱を注いでいる。


――HBOがCamera Assessment Seriesのプロジェクトを開始して10年以上経過しています。始められたきっかけを教えてください。

サニー氏:2010年当時、HBOはコダックの映画用フィルムで作品を撮影していたほぼ唯一のネットワークでした。その当時、HBOの作品の93%がフィルムで撮影されていて、残りの7%だけがデジタルでした。その頃にはCBSやNBCなど他のアメリカの主要ネットワークはデジタルに移行していました。

HBOが移行できていなかった理由は、HBOでは監督や撮影監督の方々に自由に素材を選ぶ権利を与えていました。そういう方々はフィルムでの撮影が好みであり、デジタルに移りたくないと思っていたのが原因でした。そこでデジタルで撮影した場合でもきちんと高品質でシネマチック、芸術的な作品が撮れるのを証明して見せるために開始したのがカメラ評価プロジェクトでした。

HBOがカメラ評価を始める前にも、他会社でカメラテストが行われていました。しかし他のテストは科学的な要素しか見ていませんでした。それらはチャートを使って彩度や解像度などを比較しているだけであり、エンジニアには大変興味がある内容ですが、実際に作品を作るクリエイターたちにとってはまったく興味のない内容になっていました。そこでHBOが初めて、その芸術性と科学を組み合わせた評価基準を作り出すことになりました。

――つまり、シネマカメラの性能の良し悪しを比べるのではなくて、特定のシーンにカメラが適しているかを知るのが主な目的という感じですか?

サニー氏:その通りで、カメラの優劣を比べるためのプロジェクトではありません。

HBOでこの評価を行う目的は、もっとも優れたカメラがどれなのかを証明するためではなく、あくまでも各カメラの特性を明らかにすることにあります。そして、監督や撮影監督がカメラ性能や特性を理解した上で、「私の番組ではこのカメラを選びます」と最適な選択を導くための参考として用意しています。

CASの評価について、私が教えている映像学科の学生から「最高のカメラはどれですか?」と聞かれることがありますが、その問いに答えはありません。あらゆるシチュエーションに対応できる万能なカメラが存在するわけではなく、様々な状況を考慮して作品に適したカメラを選ぶというのが回答になります。

HBOでも1台のカメラだけでテレビシリーズを最初から最後まで撮影するということはありません。同じシリーズでも2~3台の別々のメーカーのカメラを使っていることがほとんどです。例えばドローンカメラはRED、AカメはALEXA、BカメはBlackmagic Designというように数台のカメラを混ぜて、シーンに合わせて作っている感じです。


――スキントーン、カラーなどのテスト項目にシーズンごとの変化などはありますか?カメラの性能は格段に向上しており、テストの内容もそれに合わせて変化があるのではないかと予想しています。

サニー氏:毎回CASを撮影する前に、テストシナリオを決めるためにHBOで大型テレビ番組を制作しているクリエイティブチーム達にインタビューをします。

すると彼らからは番組制作で抱えている問題として、炎のシーンが白飛びしやすい、拳銃の発砲シーンではマズルフラッシュがまったく見えない、刀の素早い動きをカメラで捉えられないといった回答がありました。こうした意見を検証して、もしテストに値する大きな問題であると判断した場合はその題材をCASで実際に評価するようにしています。

例えば初期段階のCASでは、全てのカメラでグリーンバックの評価をしていました。その当時はキヤノンEOS 5D Mark IIなどの民生用カメラでのテストも行っていました。しかし、あとからグリーンスクリーン結果はカメラの機種で変わるのではなく、コーデックで変わるのだと気が付きました。

例えばコーデックが8ビット4:2:0のカラーサンプルでは合成時にきれいに色を抜くことはできませんが、最低でも10ビット4:2:2を選択していれば問題はありません。

高ビットファイルの展開と編集に時間と手間がかからなくなった5年目からは、番組制作担当者にはグリーンスクリーンを使うのであれば10ビットか12ビットで4:2:2か4:4:4であれば問題ないと伝えてあり、CASで評価する必要はなくなったのです。

また、多くのデジタルシネマカメラではローリングシャッターと呼ばれる1ラインずつ読み取る方式が取り入れられています。これに起因して、キヤノンのEOS 5D Mark IIでは高速なパン撮影をすると被写体が波打ったように見える問題が発生しやすい懸念がありました。また同様に、フラッシュ撮影をすると、フレームの上下に不自然な明暗差が生じるフラッシュバンド現象が発生する問題がありました。

これを検証するために、シーズンの初期段階でテストに入れていました。しかし、フラッシュバンド現象が起きても、現在はポスプロのVFX工程で修正を行いません。フラッシュバンド現象が起きたまま、コンテンツを放映しているのです。番組のプロデューサーたちに聞くと、現象は確認できるものの、それは現在の視聴者にとってあまり気にならないことであることがわかったので、直さない、そして直さないならテストをする意味はないという判断に至り、この評価は8年目で止めました。

――最後に、カメラ評価に使うレンズは全カメラ機種で統一しているのでしょうか?また、どのようなことを意識してレンズを選んでいますか?

サニー氏:HBOのCASが始まる以前は、アメリカ・プロデューサー協会(PGA)や全米撮影監督協会(ASC)などが様々なカメラのテストを行っていました。その際はレンズを統一しておらず、それぞれのカメラに最適なレンズを選んでいました。しかしカメラごとにレンズを変えてしまうと、それはレンズのテストの意味が強くなり、評価に一貫性が取れなくなります。そこでCASではレンズを統一するようにしました。

今回のシーズン6では、カールツァイスのSupreme Primeに統一しました。その理由はこのレンズがどのデジタルカメラにも、またフィルムカメラにも適合し、焦点距離が豊富なのでセンサーサイズによる画角の違いもレンズ交換で吸収できること、そして検証撮影に必要な膨大な数のレンズを短期間で揃えられたこと、そして描写がニュートラルでかつ中央の方がシャープで周りに行くほど柔らかくなっていくというレンズの特性があり、それが今回のテストに適していると判断しました。今回はツァイスを選びましたが、過去は例えばフジノンであったり、キヤノンだったり他の会社のレンズも使っていたりします。

またツァイスのレンズを選んだもうひとつ理由としては、シャープながらも被写体を綺麗に写してくれるというのが重要な要素だと思っています。評価では8Kで撮ったり2Kで撮ったり、スキントーンテストも行っていて、被写体の皮膚の質感なども撮影して評価しています。その際に、あまりにもシャープすぎるレンズを使ってしまったら、人物の質感表現がハードすぎて、撮影監督はその映像結果を見て、そのレンズを使いたくないと思ってしまうかもしれません。

ですから、きちんとシャープさもありつつも、被写体を綺麗に写してくれるというのが重要な条件です。例えばキヤノン「K-35」などは大変人気ではあるのですが、フレアやボケが個性的で、それゆえそちらの方に注意が行ってしまっては評価映像としては好ましくない状況になります。その点、ツァイスのレンズは、シャープさと綺麗さをバランスよく組み合わせたレンズであると評価しています。


「Color by IMAGICA」は、今後の撮影に必要な知識と情報が満載の素晴らしいイベントだった。上映作品のCAS 2023は、カメラ撮影、俳優、セットはすべて本物。HBOの番組レベルのセットと準備でカメラの評価映像を撮影・実現しているのにはびっくりだ。来場者は、次回撮影のカメラ選びのヒントになったはずだ。CASのセミナーの開催は希少で観られるチャンスはそうそうないが、もし機会があればぜひご覧になることをお勧めしたい。